第11話 ボク⑪

「お久しぶりです、坊ちゃん。ご壮健そうで何よりでございます。随分と逞しくおなりになったようで、わたくし、感動のあまり咽び泣きそうです」


 あっという間に6ヶ月経ち、お昼前に迎えに来た若い執事が5年前と寸分違わずにこやかにそう言うのだった。


 ありがとう。帰りもよろしく頼むよ。



「ところで、5年前にした約束は覚えているかな? そろそろ教えてくれても良いと思うんだけど」


 いつもの帰り道、いい加減、馬車の揺れにも慣れたボクは若い執事に聞いてみた。


「はて?坊ちゃんと何か約束をしていたでしょうか?」


「14歳になったら教えてくれる、と約束してくれた話をまだ教えてもらっていないんだ」


「坊ちゃんのことを片時も忘れたことのないこのわたくしめが、坊ちゃんとのことで思い出せないことなど無いはずなのですが、さて?」


「……」


 ボクが訝し気に見ていると急に、あ、と声を出し、勢いよく話し始める。


「あれでございますよね、あれ、あれ。わたくし、今はっきりと思い出しましたよ。街道のあれのお話でしたよね、あれ」


「う、うん」


「わたくし、初めからそうじゃないかと思っておりましたよ」


 本当に?

 ボクの怪訝そうな顔をよそに執事は喋り続ける。


「街道が整備され、移動日数が短くなるということは、商人の立場で考えるとどうなりますか、坊ちゃん」


「……宿代とかの移動にかかるお金がその分減る、かな?」


「さすがですね、坊ちゃん。でもそれ以外にもあります」


「うーん、分からないな」


「ぶっぶー。時間切れです」


 いや、その前に降参してるから。


「正解は、商売の機会が増える、でした。

 例えば、4日で往復できる距離で、仕入れと販売を継続して行なっている商人がいたとしましょう。

 あ、休みなく商売をして、仕入れた商品も全部売れる凄腕商人の場合ですね。

 その凄腕商人が4日ではなくて3日で往復したらどうなりますか?」


「むむむ。ちょっと待って考えるから」


「ぶっぶー。時間切れです」


 いや、まだ問題出したばかりでしょ。

 さっきもこのやりとり有ったな。


「正解は、商人と商人の仕入れ先の売上が33%増えて国の税収がその分増える、でした。

 ま、実際はそんなに売れるのかとか、商品を十分に確保できるのかとか色々あるので、そう都合よく増えませんけど、商品やお金の流れが以前よりも良くなることは間違いないですね」


「うん、なるほど。街道の整備って凄いんだね」


「ところで坊ちゃん、街道整備の恩恵はまだあるんですが、ご存知でしょうか?」


「うん、それは分か……」


「ぶっぶー。時間切れです」


 いや、答えてる途中だって。

 まだこのやりとり続くのか。


「正解は……」


「軍を早く展開できる」


「ちっ」


「……今、舌打ちしたよね?」


「いいえ、わたくしめが坊ちゃんに舌打ちなどしようはずがありません。それはさておき、」


 舌打ち置いていかれた。


「その通りでございます。重要な街道が整備されていれば伝令も早くなりますし、素早く軍を展開して、敵よりも有利な位置を取れる可能性が高くなりますな」


「ただ、敵軍が領内に侵入したら、敵軍にも利用されちゃうよね」


「その辺りは痛し痒しですが、商売面でのことも考えて、総合的には整備した方が良いというご判断でしょうな」

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