第8話 ボク⑧

「お久しぶりです、坊ちゃん。ご壮健そうで何よりでございます。随分と逞しくおなりになったようで、わたくし、感動のあまり咽び泣きそうです」


 あっという間に3ヶ月が経ち、お昼前に迎えに来た若い執事がにこやかにそう言うのだった。

 逞しくなった実感はないのだが、確かにこの3ヶ月でボクの生白かった肌は日焼けし、腕のお肉も硬めの弾力が出るようになった気がする。

 何よりも最初はくたくたになった馬の世話、2時間のお散歩が余裕をもって行なえるようになったのだから、3ヶ月前と比べれば逞しい大人の男に一歩近づけたのだろう。


「では、わたくしめが帰りの荷造りと身支度をいたしましょう」


「ありがとうございます。でも、ボクがするからそこで見ていて下さい」


 ボクは執事にそう言って、恐らく執事の3倍は時間がかかったような気がするが、不格好ながらも何とか荷造りと身支度を終わらせた。

 執事に任せれば楽だし、素早く綺麗に纏められるのだろうけど、自分でやってみたかったのだ。


「早く帰ろう。伯父さんに色々お話ししなくちゃ!」


 執事は嬉しそうにうなずきながら、良うございますね、と言った。


 帰りの馬車は来た道をそのまま戻るのかと思っていたけれど、2日目からは別の道を通ったようだった。行きの馬車からは見えなかった大きな湖と、その湖の向こうに微かに町が見える。


「ねえ見て見て! あんなに大きな池があるよ!」


「左様でございますね。あの大きな池は湖というのですよ、坊ちゃん」


「へえー、湖って言うんだ!」


「そうです、湖というのです。そしてこの湖にはアシハラ湖と言うんですよ」


 この執事は、ボクが目を輝かせながら話すのが、嬉しくてたまらないようで、とても上機嫌に教えてくれた。


「アシハラ湖?」


「そうです、アシハラ湖です」


「国の名前と一緒だね!」


「さすが坊ちゃん、よくぞ気が付きました!」


「誰でも気が付くと思うけど?」


「まぁまぁ、その通りなんですけどね……」


 執事はばつが悪そうに言葉を濁した後にこう続けた。


「現在の王族は元々は違う土地に住んでいましたが、アシハラ湖の南に定住して町を作ったときにアシハラと名乗ったそうです。ちなみにその町が現在の王都です」


「へえー、凄い湖なんだね」


「湖が凄いというか、まぁ、確かに湖は凄いのですけど。水が無ければ人間も動物も生きていけませんし、農作物も育てられませんから、王国の発展に豊富な水をたたえる湖が果たしてきた役割は計り知れないですね」


「湖って凄いね!」


「そうです、湖って凄いのです」


 執事は半ば諦めながらも、嬉しそうにボクの質問に答えてくれた。


「そうそう、この道はまだ整備されていないので結構揺れているんですけど、もうしばらく進むと、整備された道に合流しますから、それまではご辛抱下さいませ」


「はーい」

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