第26話 大山リーダー

~第1階層~


 これで何匹目になるだろう、三人の繰り返される光景が視界に映る。まるで血の池から這い上がってきたかのように、着ている服や肌は返り血で真っ赤に染まり、周囲には獣鬼の死体が転がっていて、視界に入らない場所を探す方が難しかった。


セルジオス

「いいぞ! 殺れ大山!」


大山

「……」


 地面に押さえ付けられた獣鬼は暴れる奴もいれば、何やら喚き立てる奴、将又はたまた様子を伺う奴まで多種多様であった。


 だがその最後は皆一緒である。下手に固い体毛と皮膚のお陰で刃ははばかれ何度も剣を振り下ろされる羽目となり、苦しみの中、息絶える、という無惨な最後を遂げる。


 猟奇的な行動を供にされ、流石の大山も、その真っ赤に染まった顔の下はさぞかし青ざめていることだろう。無言でとどめを差す姿がその胸中を示していた。


 モンスターを倒せば、ポンッと煙のように消えてアイテムが残る、そんなポップな世界が良かった。だがこの世界は違った。現実は甘くない。


マリベル

「今度はこっち!」


 壁には子供が通れるくらいの沢山の穴が空いていて中から獣鬼が現れる。


大山

「……」


「能率のいい方法を考えます」、セルジオスはそう言った、確かにその通りだ。危険もなく大山の体力が減ることもない、だがこれでは余りにも良心が痛む。


 俺と大山は現代人なのだ、現実から脳の意識を濁さなければならない。


セルジオス

「良し、また出たぞ、行くぞマリベル!」


 今日の夕食はステーキを食べましょう、俺達にはこれでいい。しかしこれでは、今日の夕食は牛の死骸の肉を切り取って食べましょうだ、辟易してしまう。


深澤

「OK、OK、それで一旦終わりにしよう、どうだ?少しはレベルが上がったんじゃないか?」


大山

「……」


セルジオス

「深澤さん、そんなに直ぐには上がらないですよ、このペースで月に4上がればいい方です」


深澤

「嘘だろ!」


大山

「こんなん毎日なんて無理やて…」


セルジオス

「自分も20年選手で今のレベルですよ」


深澤

「マリベルは?」


マリベル

「12才からだから…10年でレベル120ですね」


深澤

「何だよそれ、止めてくれよ、ちょっと予定変更だな。大山のレベル上げは一旦切り上げて真っ直ぐゲートを目指そうか、魔物寄せの香も消して出会ったモンスターだけ相手にしよう」


 元より大山を戦闘用員にするつもりは無かった、かといって直ぐに死ぬ足手纏いでは少々困る、ゲートに行くついでに大山のレベルを上げる予定だったが思うようには事は運ばない、第二案でレベルの低さは装備で補えばいい。

 

 ふと、視線を感じて辺りを見回すと入り口付近には数組みの冒険者達がこちらの様子を伺っているのが見えた。


セルジオス

「掃除屋ですよ、お零れを生業にしてるんです。でも害はありませんので気にしなくても大丈夫です」


大山

「は? ワシ達に一言も無しにけ? そんなん虫が良すぎるで、ワシちょっと行ってくるわ」


マリベル

「止めておいた方がいいですよ」


セルジオス

「ああ、止めとけよ大山、後が怖いぞ、大っぴらにはされてないが泥の爪と繋がりがあるぞ」


深澤

「泥の爪って?」


セルジオス

「この国の地下組織です、貧困者の共同体で、平気で法を犯します。守るものが無いから何でもするんですよ」


大山

「…貧乏人なら勘弁したるわ、べ、別に恐い訳やないで! こう見えてワシは昔剃り入れてパーマかけとったんや、バイクにも乗っとった!嘘やないで」


 大山は二人に一生懸命に不良というものを説明している。大山は人の社会に生きていた、それはこの世界に来てからも同じだった。人と比べ、自分の評価を気にし、それで自分の立ち位置を測っている。


 俺は違った。人の社会に生きたかった。この世の在り方に疑問を持ちただ傍観している、生きているのに死んでいるのに等しい、だからこそ生きていたあの頃に戻りたい。


 ダンジョンを奥に進み、後ろを振り替えると掃除屋と呼ばれる冒険者達は荷車に獣鬼の死体を乗せていた。食料にでもするつもりなのだろうか。



~第2階層~


セルジオス

「止まって下さい、天井に洞窟蜘蛛がいます、上に気を付けて下さい」


 天井を見上げると糸でぐるぐる巻きに吊るされた物体がぽつぽつと見え、目を凝らしてよく見ると高さ30メートル程の岩肌に体長2m程だろうか、蜘蛛のようなものが見えた。体は岩肌と同化していて初見では見つけることはほぼ困難であろう。


深澤

「よく分かったな」


セルジオス

「獣鬼をよく餌にしますので獣鬼がいれは大体洞窟蜘蛛もいます」


大山

「戦うのけ?」


セルジオス

「いや、遠距離攻撃の手段が無いし、ここはやり過ごす、大山は俺の後ろを付いて来い、マリベルは深澤さんと荷車を頼む」


大山

「やっぱりそうなんや、課長、ワシもやり過ごすと思うたんですわ」


マリベル

「蜘蛛の真下に入らなければ大丈夫ですよ、こっちから行きましょう」


 マリベルに手を引かれ迂回するように誘導される。


セルジオス

「大山、その水の玉には絶対に触るなよ、絶対にだからな」


 丁度、蜘蛛の真下には糸に吊るされた拳大の水の玉がゆらゆらとへその高さあたりで揺れていた。


大山

「やっぱりそうなんけ、課長、ワシもこれに触ったらアカンと思うとったんですわ」


セルジオス

「何なんだよ! さっきから深澤さんにアピールして!」 


大山

「別にアピールしとらんて、ただワシもそう思ったから言っただけやん」


セルジオス

「言いたい事があるならはっきり言えよ!」


大山

「ほんなら言わしてもらうわ! 何で自分が仕切ってるん!」


セルジオス

「深澤さんの指示だからだよ! お前じゃ当てにならないから俺がやってるんだろ!」


大山

「はぁ? ワシが仕切った方が上手くいくんやけど!」


セルジオス

「ならやってみろよ!」


大山

「だから何で自分が決めるん! 決めるのは課長やで!」


深澤

「いいよ、そんなに言うなら大山の好きなようにしてみろよ、セルジオスはサポートに回ってやってくれ」


大山

「ほれ見てみい、課長も自分よりワシの事信頼しとるんや、今からワシがどんだけRPGやりこんできたか見せたるわ、こっからはワシのやり方でいくで! よう見とき!」


大山はそう言って、つんと指先で水の玉を突っついてしまう、その震動は糸を伝わり蜘蛛に獲物の有無を知らせてしまった。


 落ちるように垂れ下がってくる蜘蛛。粘着性の水の玉は大山の右手にくっついて離れない。左手で取ろうにも左手にまでくっついてしまう。


 直ぐにセルジオスは大山にくっついた糸に向かい、剣を横に振るって一刀両断に切り払った。


 糸が切れた事に察知した洞窟蜘蛛はするすると糸を伝い天井に帰っていく。


セルジオス

「お前触るなって言ったのに何で触るんだよ!」


大山

「セルジオスはホンマに分かっとらんのう、こういうのは敢えて触るもんなんや」


 大山は絡みついた糸を取りながらマリベルとセルジオスに目で合図をして顎をしゃくるが二人はその意味が分からないでいる。


「二人とも何をぼけっと突っ立とるん? まさか分からんのけ? 階層ごとに宝箱があるさかい、さっさとこの階層を探索するんや」


マリベル

「意味分からないんですけど」


セルジオス

「何でこんなところに宝箱なんかあるんだよ! あるわけ無いだろ!」


大山

「探しもせんと何でそんな事が言えるん! 30分だけ時間あげるからさっさと行きや!」


~30分後~


セルジオス

「やっぱり、無えよ!」


マリベル

「見つかりませんでした」 


大山

「今から二人に大事な話しがあります、よく聞いて下さい。まずはマリベル、見つかりませんでしたの後に謝罪の言葉がありませんでした、以後気を付けて下さい。次にセルジオス、報告以前の問題です、リーダーに対する言葉遣いを勉強して下さい。今回は残念ながら宝箱を見つけることは出来ませんでした、隅々まで探したのでしょうか?、目だけではなく手も使って探したのでしょうか?、あなた方二人が素早く行動に移さなかったのも要因の一つです、次回はこの事を踏み締めて頑張って見つけ出して下さい」


セルジオス 

「……」


マリベル

「……」









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記憶の無いCROSSROAD 安斎 誠 @fmhks

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