第21話 二人だけの秘密その弍

~森の中~


 人猿エイブルに荷車を引かせ森の泉へと向かった。荷台の袋にはリンゴをいっぱい詰め込んである、今日は思う存分食べていい。


 並んで歩く人猿を横目で見やるとそれに気づいた人猿エイブルは笑うような表情を作る。


深澤

「ごめんな、エイブル」


人猿エイブル

「えいぶる、がんばる」


 この生物はさぼるという概念が無いのか、黙々と荷車を引く人猿エイブルの姿が一生懸命に見え、この先に起こる事を考えると少しばかり胸が痛む。


~森の泉~ 


西の空が赤く染まる頃、ようやく森の泉に到着した、既にセルジオスは着いていて地面に胡座あぐらを掻いていた。


深澤

「上手くいったようじゃないか、流石だなセルジオス」


 セルジオスは立ち上がると手にもった袋を俺に差し出した。


セルジオス

「や、約束の品です、確認して下さい」


 俺は袋の中を覗いてにっこりと、セルジオスに笑顔を向けた。


深澤

「これで絆が出来た、今からお前は俺達の仲間だ、宜しく頼むな」


セルジオス

「は、はい宜しくお願いします」


深澤

「言っとくけど、この先俺を裏切るような事は絶対に考えるなよ。まあ、お前はそんな事しないよな、少しは俺の力知ってるんだろ、特別にお前にだけ教えてやるよ」


 セルジオスの耳元に囁く、

「俺のレベルは400000を超えている」


セルジオス

「!!!そ、そんな…」


 俺は袋を持って泉へと歩き出した。


深澤

「別に俺はどっちだっていいんだよセルジオス、嘘だと言って笑い飛ばしてもいいし、本当だと言ってお前を芋虫にしてもいい、お前芋虫の真似好きなんだろ? 但し今度は手足の無い芋虫だけどな」


セルジオス

「あ、あのそっちには半魚人サハギンが」


深澤

「正解だよ今の、大正解。でもなセルジオス、半魚人サハギンなんて居ないんだよ」


 泉に着くと袋を水面に投げ入れた。水面には無数の煌めきが光っている。


セルジオス

「ど、どうして」


深澤

「そんなの決まってるじゃないか、お前が居るからだよ、お前の強さに怯えて水の中に隠れているんだよ」


セルジオス

「し、信じます! 深澤さんの事信じます!」 


深澤

「お前は本当優秀だな、正解ばかりじゃないか、でも流石にこの後の事は予測できないだろ? できたら吃驚びっくりだよ」


セルジオス

「あっあっ」


 セルジオスは足をがくがくと震わせ、声にならない声を出した。俺はゆっくりと歩み寄りダガーを取り出した。


深澤

「違うよ、違う。これからお前はグリーンハーブを採るんだよ。これから仲間に会わせるのに空手じゃお前が格好つかないじゃないか」


 ダガーを渡すと凄い勢いでグリーンハーブを刈り取っていく、可愛い奴だ。


深澤

「なあ、セルジオス、俺のレベルは仲間も知らない事なんだ、絶対に言うなよ」


セルジオス

「はい! 絶対に言いません!」


 俺は荷台から袋を手に取ってリンゴを人猿エイブルにあげた。


深澤 

「今日はいっぱい食べていいからな」


セルジオス

「深澤さん、グリーンハーブ採取完了しました!」


深澤

「お前は本当仕事が早いな」


セルジオス

「有り難う御座います!早速出発しますか?」


深澤

「まだエイブルが食べてるでしょうが!」


セルジオス

「し、失礼しました!」


深澤

「冗談だよ、冗談、知ってる人の物真似しただけだよ、でも、もう少しだけ待ってあげてくれるか? それと帰りはお前が荷車を引いてくれ」


 俺は人猿エイブルが食べ終わると次のリンゴを渡し、食べている間は優しく人猿エイブルの頭を撫でていた。


深澤

「もう大丈夫なのか?……じゃあ…そろそろ行くか」


 五個目のリンゴを人猿エイブルは受け取らなかった。


 人猿エイブル

「えいぶる、だいじょうぶ、えいぶる、ごほうびもらう」


深澤

(又だ! またエイブルはリンゴを受け取らない)


「セルジオス! このリンゴに毒があるか調べろ!」


 セルジオスはリンゴを嗅ぐとペロリと一口舐め俺を見た。


深澤

「毒じゃないのか?」


セルジオス

「自分は違うと思います」


深澤

「エイブル、ご褒美って何なんだ?」


人猿エイブル

「えいぶる、ごほうびもらう、まりべる、ごほうびくれる」


深澤

「マリベルが一体何をくれるんだ?」


人猿エイブル

「まりべる、ごほうびくれる、まりべる、ごほうびくれる」


深澤

(こ、これは!! まさか!)


 人猿エイブルはマリベルの名前を連呼して下半身を膨張させていた。その顔は並んで歩いた時と同じように笑うような表情を作っている。

 

 俺の脳はマリベルの言葉を鮮明に思い出していた。


「綺麗な私」「エイブルを殺して」


 俺の心は同情から憎悪へと塗り替えられていく。


人猿エイブル

「まりべる、ごほうびくれる、まりべる、ごほうびくれる」


深澤

「お前はもう喋るな!!!」


 俺は、左手でエイブルの頭を掴んで押さえつけてから、親指と人差し指をエイブルの口の中に突っ込んだ、噛み付いて抵抗してくるがお構いなしに舌を掴んでそのまま引き抜いた。


 エイブルはごぼごぼと血が吹き出す口を両手で抑えだす。俺はそのまま片手で宙吊りにしてから、膨張したものを根元から引き千切って、無理矢理口の中に入れてやった。


深澤

「苦しんで死ね! この薄汚い猿が!」


 人猿エイブルは痙攣しその目は虚ろいでいる。


深澤

「セルジオス! 火の用意をしろ!」


セルジオス

「は、はい!」


 セルジオスは直ぐに小枝を集め角灯かくとうの火を移す。人猿エイブルの腕はだらりと下がり動かなくなっていた。でも構わない、生きたまま焼き殺すのが目的ではなかったからだ。


 俺は焼いて浄化したかった、この穢らわしい人猿に染み付いた、マリベルの記憶を。

 

 燃え盛る火の中に、人猿の死体を投げ入れるとより一層火が大きくなり、パチパチと体毛が燃えて酷い臭いが周囲を立ち込めた。


 俺はただ、その火が燃えつきるまで、ずっと無言で見つめていた。












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