第18話 剣術道場
深澤
(しまった!! 昨日の内に伝えていればこんな事にはならなかったのに! 何故今更このタイミングで! どうする? 惚けるか、それとも打ち明けるか、断る選択肢だけはない! 顔に出すな! 自然に、あくまで自然に…)
深澤
「俺のステータス? レベルも能力補正値も大山と一緒だと思うぞ」
咄嗟に出たのは嘘だった。もう後には引けない。
マリベル
「それは知ってます、私が見たいのは特性です」
深澤
「特性? ちょっと待ってくれ」
「ステータス」
種族 人間
Lv400721
体力 SSSS
魔力 SSSS
筋力 SSSS
素早さ SSSS
物理攻撃力 SSSS
物理防御力 SSSS
魔法防御力 SSSS
魔法
契約
特性 ?????
この流れはいけない。自分自身でも特性が何なのか分からないからだ。
「特性なら一つあるけど俺にも分からないようになってるな」
マリベル
「……」
深澤
(何だこの間は! こいつ一体何を考えてるんだ! やはり打ち明けた方が正解だったのか? でももう、後戻りは出来ない! 俺の言葉を疑ってるならここでステータスを見てくる!)
マリベル
「ふーん、そうなんだ、じゃあいいや」
そう言ってマリベルはゆっくりと俺に近づいて首に両手を回すと舌を入れてきた。
俺を部屋に入れる為の口実だったのだろうか、その真意は分からない。それにしてもマリベルのこの変わり様、これが彼女の本質なのだろうか。
部屋の中に舌が絡み合う音に混じって大きな足音が近づいてくる。足音はドアの前で止まった。
大山
「マリベル開けて! 課長来とらん!?」
ガチャガチャと無神経にドアノブを回す音がするでもマリベルは離れない。
深澤
「マリベル、また後でな」
俺は耳元に囁き、低い円卓の前に腰を掛けた。
マリベル
「深澤さんならここに居ますよ」
マリベルが扉を開けると大山が入ってきて俺の前に腰かけた。
深澤
「丁度良かった、お前に話しがあったんだよ」
大山
「何ですか?」
深澤
「今から剣術を習いに行こうと思ってさ」
マリベルがちらりと俺の目を見た。何を言いたいのかを分かってはいる、でもこのまま話しを進めよう。主導権を握られるのは御免だ。
大山
「それいいですね!ワシも行きたいですわ!」
大山ならそう言ってくれると思っていた。何せこいつはごりごりのアウトドア派なんだから。
深澤
「マリベル、そういう事だから何処で習えるか教えてくれるか?」
マリベル
「でしたら町の剣術道場にでも行ってみますか?」
深澤
「じゃあ早速出発しようか」
大山
「楽しみですわ!」
大山を先頭に部屋を出る際に、マリベルが背中の肉をつねてきた。この程度の代償なら安いものだ。
~剣術道場~
着くには着いたが剣術道場とは名ばかりの味気無い更地だった。立て看板と兜を被せた木人が2体あるだけで師範と弟子らしき少年が稽古しているのが見える。
師範
「反応が遅い!! もう一度最初からだ!!」
師範の怒号がここまで聞こえてくる。俺から言わせれば時代遅れの昭和のスパルタ式指導だ。
大山
「何かワシ嫌やわ、途中で水飲んだら怒られそうやん、しかもあいつ多分年下やで30前半位ちゃうか、若僧に怒鳴られたらワシ我慢出来へんで。課長どう思います?」
深澤
「確かに何か嫌だな、帰るか?」
マリベル
「駄目です! それに腕は確かですから」
そう言うとマリベルは勝手に一人で歩いて行ってしまった。マリベルが師範に交渉しているのが見える。何やらこっちを見て大きく手招きをし始めた。こうなったらもう取り敢えず行くしかない。
深澤 大山
「どうも宜しくお願いします!」
師範
「あんたらその年で初心者なんだってな、今時平民でも剣術ぐらい習うぞ、まさか奴隷だったなんて言うなよ。まあいい、おい! お前が教えてやれ」
弟子
「えっ俺ですか? まあ別にいいですよ」
にやけながら師範が弟子に耳打ちすると弟子の口角が上がった。
弟子「よく見てろよ、いくぞ! 兜割り! 袈裟切り! 逆袈裟! 右薙ぎ! 左薙ぎ! 左切り上げ! 右切り上げ! 逆風!刺突! 以上。後はそこの木人で反復練習をしててちょうだい」
大山
「ちょっと早いて! ちゃんと教える気あんのけ!」
大山が怒るのも無理はない、舐めた態度に雑な教え方、これではこの道場が寂れているのも頷ける。
深澤
「いやいや大山よ、ちゃんと見てたか?初心者の俺達に分かり易いようにゆっくりやってくれたじゃないか」
俺はにやけながら大山に言った。俺の顔を見て大山もにやける。ちゃんと察したようだ。
大山
「課長、違いますってあんまり遅いんで気使ってあげたんですわ、これで金取られたらぼったくりですやん、あ、師範さん、すいません、もしかして聞こえてました?」
にやけていた師範の顔がみるみる内に鬼の形相に変わる。
師範
「あんたらいい度胸してんじゃねーか!!」
深澤
「おいおい、何か怒ってるぞ、俺達何か変なこと言ったか、大山」
大山
「さあー、門下生が一人しかおらんからじゃないですか、まあ貧乏臭い道場だからしゃあないのかもしれへんけど」
師範
「貴様!」
師範は腰の木刀に手を掛けた。
深澤
「動くな! 動いたら…切る!」
俺は何も持っていない手で構えた。
深澤
「いやー1回このセリフ言ってみたかったんだよね」
弟子
「おっさん達さっきからふざけたこと言ってんじゃねーよ!」
マリベル
「ちょっと皆止めてください! セルジオス! もとはと言えば貴方が原因ですよ!」
師範
「ああ、お、俺が悪かった…済まない…」
マリベル
「ならちゃんと教えてあげてください!」
師範は顔を真っ青にしてマリベルに完全に怖じけ付いていた。二人も教わる身なんだからと俺達も叱られる。
弟子
「師範! いいんですか!?」
師範
「あ、ああ…」
深澤
「じゃあ改めて宜しくお願いします」
師範
「い、いや、あんたは後だっ、そっちのでかいのから教える」
大山
「ワシからけ? ほんなら丁寧に教えてや」
木刀を持った師範は型を一つずつ教えていく。大山は師範の動きを真面目に真似ていた。肌に照り付く太陽は燦々と輝き大山の新陳代謝を大きく後押しした。
大山
「すんません、ちょっと水飲んでええですか?」
師範
「水? 水だと! 稽古中に水なんか飲む奴がいるか、お前うちの道場を舐めてるのか」
大山
「ちょっとだけですわ」
師範
「水何か飲むな、これを飲め」
師範は
師範
「うちは貧乏道場じゃない、
大山
「そ、そう言う意味で言ったんやないんやけど」
師範
「いいから飲め、飲んだら次は打ち込みだ」
大山は一口味見をしてからごくごくと一気に飲み干した。俺を見て「結構旨いでっせ」と言うその舌は緑色に染まっている。
木人の前に立った師範は上段に構え振りかぶると木人の兜に打ち込んだ。
「これが兜割りだ、大山やってみろ」
剣道の面の要領で木人の兜を叩いていく大山はそれでは駄目だと駄目出しされている。競技化された剣道とはやはり異なるものなのだろう。
それにしても先程とは打って変わって丁寧に大山に教えている。この師範何か妙だ、時折俺の顔色を窺っている。
マリベルに怖じ気づいて態度を変えたと思っていたがどうやら違うらしい。この男何かを感じ取ったのだろうか。
師範の様子を見ていると弟子が声を掛けてきた。
弟子
「おっさん見てるだけじゃ暇だろ? 待ってる間俺が稽古つけてやるよ」
俺に歩み寄ると小声で囁く。
弟子
「さっきの事俺は許してねーから、俺の振りが遅いって言ったよな?思い知らしてやるよ」
とんでもなく面倒な事になってしまった。年は17、18ぐらいだろうか、ある意味親父狩りである、最近の若者は何をするか分からない、想像力が乏しいのだ。
しかし、自身では気付かないうちに相手の弱味を握っている、それが恨めしい。言うなれば損をするのだ、こちら側だけが一方的に。
いくつかの未来を想像し、やはり誰にも力を知られない、これが最善だろう、とそこに思考が着地した。
深澤
「いや、止めておくよ、怪我したくないからな」
弟子は睨みを利かしてくるがそれ以上は喰って掛かって来なかった。取り敢えずの危機は去り、後は師範の口封じだけが課題となった。
結局夕暮れまで俺が教わる事はなかった。もう間違いないだろう。しかし具体的には何も証拠など無い。俺は1つ判断を間違えていた、今日中に師範を消す必要性はないと。
師範
「何なんだあの化け物は? 角が生えていてもおかしくないぞ、むしろ生えていないのが不思議なくらいだ」
弟子にそう言うと師範は足早に王宮へと向かい出した。
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