第17話 初めての戦い

 ドアの開く音で目が覚めた。部屋に戻った大山が、ポケットから銀貨を取り出して低い円卓に置いていくのが見える。


 窓からは夕焼けの赤い色が射し込んでいた。少し疲れて眠ってしまったようだ。俺が起きている事に気づくと大山は早速仕入れた情報を俺に報告しにきた。


 どうやら泉は半魚人サハギンの縄張りになっているらしい。マリベルを疑う大山に俺は口を開いた。


深澤

「流石大山だな、情報が早いじゃないか。でも、もういいんだ、マリベルの事は済んだ、もう心配する必要はない。そんなことより、明日ダンジョンに行くから今日は早く寝た方がいいぞ」


 大山は何か言いたげな顔をしていたが俺はそのまま横になった。


 

 翌日、朝から大山はご機嫌だった。マリベルが上手くやってくれたようだ。我先にと先頭を歩く大山に、ついていく形で俺達はダンジョンに入っていった。


~第1階層~

 

 ダンジョンに入って暫くすると不快な臭いが漂ってきた、臭いはどんどん強くなる。


 獣臭い三匹の醜い獣が横に並んで近づいてきた。その手には棍棒を持っている。


 背丈格好は人猿に似てなくもないが、こいつは大きな白目の中にぎらついた小さな瞳、イボが付いた大きな鼻、耳まで裂けた口からは涎が出ている。


 人猿が人に近い猿だとしたら、こいつらは心の汚なさが顔に表れた醜悪な猿だ。


マリベル

「早速でましたね、これは獣鬼です」


 マリベルは杖を両手で握り締め、左の獣鬼に素早く近づき、下からスイングして獣鬼を空中に浮かせると、その勢いで隣の獣鬼の腹に回し蹴りを叩き込んだ。


マリベル

「準備出来ました、それでどちらがいきます?」


深澤

(強い! レベルが高いのは知っていたが、たかが僧侶と侮っていた。動きが洗練されている、今の攻撃で二匹とも…死んでるな。残りは後一匹、大山は茫然としてる、どうする俺がいったほうがいいのか)


大山

「ち、ちょっと待ってや、無理やでワシら初めてやで、もっと弱そうな奴やないと」


 大山は剣先を残った獣鬼に向け距離を取っている。


マリベル

「相手は待ってくれませんよ」


 大山に向かって飛び掛かる獣鬼、その初撃を何とか剣で迎え撃つ大山。獣鬼は追撃を緩めない、幾度となく襲いかかる棍棒に大山は防戦一方だ。


深澤

「大山! 大丈夫か!」


 大山

「課長アカンて! こいつ小さいのに力凄いて!」


 みるみる内に大山の息が上がっていく。剣を振る動きも鈍くなってぜえぜえと肩で息をしている。


深澤

「マリベル!」


 マリベルの名を叫ぶがマリベルは動かない。その終始をずっと見届けている。


 嫌な音がした。防ぎきれない大山の頬に獣鬼の一撃が入ったのだ、勢いよく口から血と歯を吹き出して大山は地面に倒れた。


 獣鬼は大きな口を開け大山の首元に噛みつき肉を食いちぎろうとしている。


 マリベルは目にも止まらぬ速さで獣鬼を引き離し首を折った。


初級回復魔法ヒールLEVEL-1」


 傷が治った大山はゆっくりと体を起こし体育座りをした。どうやら声を殺して泣いているようだ。


 まあ無理もない、でもなんだか小学生の頃にこんな奴居たような気もする。


 大山は今年で40才だ、40才の男のこの姿はとてもじゃないが見られたものではない。


マリベル

「どうでしたか?」


大山

「…………」


深澤

「お、大山、平気か?」


大山

「…………」


深澤

「マリベル、もう少し弱いモンスターにしないか、大山が小さくなっちゃったじゃないか」


マリベル

「本当ですねー、大山さん、何小さくなってるんですか?」


 大山はさらに縮こまろうと手足をぎゅっと曲げた。


マリベル

「でも誤解してるようですけど今の敵、最弱モンスターですよ」


深澤

「嘘だろ!」


マリベル

「本当です、モンスターだって命懸けで生きてますから弱い訳が無いじゃないですか、逆になんで弱いモンスターが居ると思ったんですか?」


深澤

「ちょっと待ってくれ、今の獣鬼が最弱ってレベルいくつだよ?」


マリベル

「レベル0です。因みに能力補正値は全部Gです」


深澤

「俺達と一緒じゃないか! 本当かよ、体格で上回ってる大山を圧倒してたぞ」


マリベル

「深澤さん、ステータスが一緒な人間とモンスターがいた場合どっちが強いと思いますか?」


深澤

「一緒じゃないって事か?」


マリベル

「そうです、あくまでもステータスはその種族としてのステータスなんです。それと一つ気になったんですが大山さんは剣術を習った事ないんですか?」


大山

「………」


深澤

「俺達の世界では剣を手に持つ機会さえもあまりないんだよ」



マリベル

「やっぱりそうでしたか、基本が全然なってなかったですよ、力任せのごり押しが通用するのは格下だけです。少し剣術を習った方がいいですね」


大山

「………」


深澤

「どうした大山、らしくないぞ、取り敢えず立とう、なっ」


 大山はいくら手を引っ張っても頑なに立とうとしない。いい年していじけるのもいい加減にして欲しい。


 後ろから大山の太股を持って無理矢理持ち上げてやった、すると嬉しそうにマリベルは大山に話し掛ける。


「何ですか大山さんオシッコですか?駄目ですよ、トイレでして下さい」


 大山はせきを切ったように号泣した。じたばたと俺に抱えられた大山は暴れだす、それが可笑しくて思わず笑ってしまう。


深澤

「こ、こら、大山暴れるんじゃない」


 暴れだす大山を力付くで抑えるうちに大山は抵抗をやめたので地面に放り投げた。


大山

「うぐっううっくうっ ううっ うっ酷いやないでずがぁ!」


深澤

「大山、お前がいけないんだぞ、さっさと立たないからだ」


大山

「ぜやげど!ひっくっ、ぜやけど!」 


 暫くして泣き止んだ大山は、天井を見つめていた。その目に力はない。

 

深澤

(しまった!少し悪ふざけが過ぎたか? 大山は自尊心が強い、分かっていたはずなのについ調子にのってしまった)


 ぼーっと放心状態の大山を見て俺はマリベルに小声で話した。


深澤

「マリベル、何とかならないか、あれじゃ使い物にならないよ」


マリベル

「何とかならない訳じゃないけど一つ条件があります」


深澤

「何だよ条件って、俺に出来る事か?」


マリベル

「簡単な事ですよ、でもそれは帰ってからでいいです」


 マリベルはそう言うと大山の方を向いた。


マリベル

上級精神操作魔法サイキアトリックLEVEL-3」


 魔法を浴びた大山の目に力が戻っていく。


マリベル

「大山さん、やるじゃないですか」


大山

「せやろ! こんなん余裕やて! 課長もワシの勇姿見てくれましたか!」


深澤

「お、おお」


大山

「さあ! 次やで次! ワシまだまだいけますからワシに任せて下さい!」


マリベル

「残念ですけど今日はここまでですね」


大山

「何でやねん? まだ早いやん」


 マリベルは言葉に詰まり俺の目を困り顔で見てくる。


深澤

「大山、俺達は男だからいいけどマリベルは女だ、皆まで聞くな」


 もっと他にましな理由が思い付かなかったのかと言いたげな顔でマリベルが睨んでくる。大山は、にやけながらそれなら仕方がないと納得してくれた。

 


~宿屋~


 部屋に戻るとマリベルは思いがけない事を口にした。


マリベル

「さっきの条件ですけど、深澤さんのステータスを見せて下さい」












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