第3話 日本人へのアプローチ
その日の面談は、最初から
なかなか主人格との対話が出来ない。
麻子は焦り始めていた。大量に食べて吐き出す羽藤の摂食障害は、最優先で対応するべき問題だ。
欧米式では、こういった場合、カウンセラーが話をしたい人格を呼びつける。羽藤と話がしたいのだから、彰には黙ってくれと言い放つ。自我の輪郭が強靭で、自己主張は権利だという国々での多重人格障害者は、黙っていろと言われたら、再び主張のチャンスを狙って待つ。
そして実際、再び主張を始める。
しかし、それが日本人に通じるかどうかは疑問に感じた。
引っ込んでろと言われたら、二度と姿を見せない気がした。日本人の多くは主張が出来ないからこそ、心を病むのだ。
事務室に戻った麻子は白衣を脱いでロッカーに入れた。
給湯室でインスタントのコーヒーを濃いめに入れて、マグカップを片手にしながら自分のデスクに戻っていく。今夜は十一時から、柚季の面談が控えている。
途中で畑中のデスクが視界に入る。無視したいと思えば思うほど、かえって目が行く。案の定、これ見よがしに結婚式に関する雑誌や、指輪のカタログなどが山積みにされている。
「デスクに雑誌を置くなんて。もうすぐ退社ですけども。受付の引継ぎ準備とか、やること一杯あるでしょうに」
麻子の視線に気がついたのか、三谷が憎々し気に声を張る。
「今週末には二人で挨拶に行くそうですよ。畑中さんの実家の方に」
「畑中さんに常識は、通用しないんじゃないですか?」
畑中をこき下ろしたい三谷をいなして、麻子はデスクの椅子を引く。三谷は二人に罵詈雑言を浴びせてやろうとしたのだろうが、麻子の中では、その時期は、もう過ぎている。
新居を構えるとなれば、自分が通ったあのマンションから圭吾は出ていく。だとしたら、知らない所で勝手に幸せになってくれとだけ、思っている。
それより今夜の面談だ。
アメリカで、多重人格障害者の少女を自殺に追い込んだカウンセラーに、柚季が会いに来るのだろうか。
椅子に座り、デスクに両肘をつき、マグカップに口をつける。
麻子の脳裏に先週の、最後に見た柚季の後ろ姿が蘇る。ふとした隙に姿を消したりしなかった。
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