第8話 同伴者
「あなたから見れば利用に見えるかもしれない。あなたが言うような思惑が、全然ないとも言い切れない。それでも私は、二人で一緒に光に向かって歩き出したい。過去に受けた心の傷が、長い未来を曇らせないよう、今を生きてる」
まんじりともせず、口も挟まず、話に聞き入る彼に、麻子は提案する。
いつまでもカウンセラーが話していては、羽藤が来ている意味がない。
「そういえば、私は、あなたをどう呼べばいいのか、聞きそびれちゃったけど。羽藤柚季が二人いるなら、区別をしないと話せない」
「だから、俺が羽藤柚季だっつってんだろ」
「だったら、あなたじゃない方を羽藤さんと呼びますから、あなたは柚季さんと呼びますね」
ホーストコピーの柚季はテーブルに肘を乗せ、そっぽを向いて足を組む。
いいとも嫌だとも答えない。
「うん、でも。柚季さんじゃない感じだな。柚季君かな? そっちの方が、しっくりくるけど」
「あいつはなんで、さん付けなんだ」
「あなたは子供だからでしょ?」
悪態をつかれた柚季は肩越しに振り返る。眦を吊り上げる。唇をへの字に折り曲げる。
「さん付けに昇格したいなら、約束を守りなさい」
麻子はあえて高圧的に釘をさす。規則に従わせることは、社会性を身につけさせるためだった。たとえ柚季が実存しないホーストコピーだとしても、面接室では人として向き合い、対話する関係なのだから。
「先生。もうすぐ十二時なんだけど」
たしなめるような口調で告げられ、「そうですね」とだけ返事をした。
「来週の同じ時間に来れますか?」
という問いかけに、むっつりしたまま答えない。他のどのクライアントも必ず来るとは限らない。体調不良や仕事の残業、気分が乗らない等々で、キャンセルされた場合でも、次回の予約をするのかどうかは確かめる。
「来れないのなら、私も待ちませんけれど」
「……さあな。それはどうかな」
柚季は聞えよがしの溜息を、盛大についてから立ち上がる。立ったところで、時計の針は午前零時を指していた。
麻子も続いて立ち上がる。
クライアントが面接室を出る時は、必ずドアを開けている。面接室の去り際で、クライアントは多くのサインを残すのだ。
小走りになり、柚季を追い抜き、麻子はドアを開け放つ。
すると、羽藤は麻子の前を通り過ぎ、上目遣いに睨んできた。そしてそのまま真っ暗な待合室を突っ切った。
正面玄関のドアを押し開け、階段で下りていく。
その足音が聞こえていた。
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