第6話 アメリカで
「先生って、アメリカでもカウンセラーをしてた時、患者をひとり殺してるよね? 解離性多重人格障害だった女の子」
だらしなくテーブルに頬杖ついて口元を緩ませる。
目だけが
それきり何も答えられない。
言葉という言葉が全部、麻子の中で散り散りに崩壊した。それらを繋ぎ合わせるだけの意思も気力も一瞬にして奪われた。
やがて、めまいがするぐらい顔も頭も上気する。手のひらの汗までわかる。
その混乱の片隅で、どうか目に見えて汗が流れないよう祈っていた。
「先生が担当してた女の子。十五とか十六歳ぐらいだったっけ。分裂したAとCの性格も性別も年齢も近いから、CにはAになれないかって言ってたんだろ? 迫ったんだろ? そうしてCとAを外からの圧力で、くっつけた。抹殺された人格はCだった。だけどCAの混合体は、あいにくBにもDにも似ていない。CA組は十八歳の女の子。先生はできるだけ主人格のAを軸にしたかった。だから、三十過ぎのおっさんだったDにもAC組の導き役になってくれとか何とか言って、ACにDを混ぜ込んだ。あとはBだけ。Bは俺に似てたよね? 十代で、狂犬みたいな悪ガキで」
ホーストコピーがしゃべるたび、彼女が鮮明に蘇る。
彼女は、特にこれといった特徴のないアメリカ人。赤毛で、そばかすが目立つ素朴な少女。初対面では「赤毛のアンみたいですね」と、話しかけると、「必ず初対面で言われます」と、はにかんだ。
麻子は小刻みに震え出す。瞳孔が開き切り、気道が狭くなってくる。
「名前は何ていったっけ。マリーとか、マリアとか。そうだ。マリアだ。見た目はあんな地味なのに、本人も名前だけ浮いてて嫌だって、言ったよな?」
そうだ。マリアはそう言った。
面接室の面談で。
自分は欧米諸国がそうするように、多重人格障害者に誠心誠意アプローチをした。交代人格同士を統合させ、最後の一人になるまで続ける。当時はそれが王道のスキルだったのだ。
「だけど最後の最後に残った奴が、統合しかけた人格全部、ひっ捕まえて自殺した。あんたは経過は順調みたいに浮かれてやがった。あとはBを説得できたら終わりだ、みたいに油断したから、そうなった」
ホーストコピーに麻子は何も言い返さない。洞窟の中にいるかのように、彼の声が反響するだけ。言葉が耳に入らない。
そうだ。彼女は自殺した。
彼女が家族と住んでいた高層マンションのベランダから身を投げた。
遺書はなかった。
遺族は麻子に、そう言った。
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