第2話 懺悔
母と二人で朝食のあと片付けを済ませると、麻子はこたつに舞い戻る。そして飼い猫にでもなったように、こたつに潜って背を曲げる。
「なんやの、あんた。早めに初詣行く、言うたやないの」
「だって今日、寒いもん」
「当たり前やろ。正月やさけ」
呆れた声が麻子にさっと降りかかる。口先だけでたしなめて、母は洗面所にある洗濯機から済んだものを籠に入れ、再び居間に戻って来た。
石油ストーブに乗せた鍋から、小豆の香りがほんのり漂う。これはあとでぜんざいになるのだろう。洗濯物を部屋干しにして、居間の押し入れの中を、ごそごそ漁る。やがて引き出した毛布と枕を抱えて麻子に「ほら」と言う。
枕を受け取り、肩まで毛布を被せられ、空の籠を戻しに行く母の背中を見送った。
言葉はいらない。カウンセラーには。
安心と安全が得られる場所を、クライアントに提供する。麻子は毛布を顔近くにまでずり上げる。自分にそれが出来ていたのか考える。
自分は決して寄り添ってなど、いなかった。
羽藤の場合、データを収集することにだけ集中していた。焦点を当てていた。
主人格の性格は。顕在化した交代人格は男なのか女なのか。年齢は? 性格傾向、どの交代人格との間では記憶の共有が出来ていて、どの人格とは分断されているのかを、頭の中で系図にしようとしていただけだ。
絞り込まれるようにして、こころが痛む。
涙が幾筋もの筋になり、頬を伝って枕を濡らした。
なにがプロフェッショナルだ。日本では国立大学の医学部卒業。臨床心理の先進国への留学と、博士号の獲得と、現地での臨床経験。キャリアという名の
そんなものより、何にも聞かずに「嫌んなったら、帰ってくればよかけんね」という、母のひと言。それが心に染み渡る。沁み通る。
本当に逃げ帰って来たとしても、母は理由を聴こうとしないに違いない。
言葉は人を癒すのか?
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