第9話 三人目
その後、若木の強い要望もあり、羽藤の週に一回六十分のカウンセリングは、麻子が受け持つ話になる。若木は自分も同席する必要があるのなら、付き添って来ると言う。
「わかりました。しばらくの間、羽藤さんと一対一で面談を続けていきますが、若木さんにも同席していただいた方がいいと思った時には、お声をかけさせて頂きます」
「どうぞ、よろしくお願いします」
面談の最後に若木はおもむろに立ち上がり、麻子に深々と頭を下げた。初回六十分の面談が終了すると、若木は大判のマスクをはめて眼鏡を外した。
彼女のトレードマークでもある眼鏡をコンタクトに変え、特徴的な顔のエラを隠しただけで、どこにでもいそうな品の良い奥様風になってしまう。
これなら待合室ですれ違っても、彼女が底意地の悪い女ばかり演じている『
「じゃあ、また来週。お待ちしています」
麻子は、若木の後に続いて面接室を出ていく羽藤にも声をかけた。
「……はい。お願いします」
振り向いた羽藤は、この年頃の少年らしく畏まり、もじつきながら会釈した。
しかし、次に顔を上げた時、麻子はギクリと体を強張らせ、浮かべた笑顔を凍りつかせる。この日、六十分かけて行ったカウンセリングの最後の最後で羽藤と目が合った。
その刹那、違うと、思ったからだった。
この子は違う、誰なんだ。
けれども違う。絶対的に目が違う。
初回面談の大半を占めていたのは肩をすくめ、あえて言うなら、終始だんまりを決め込む
エレベーターで昇降ボタンを押す前に、同乗者に何階のボタンを押せばいいのか訊ねた羽藤。レディファーストも板についた理知的で爽やかな美少年。
単身で心療内科を訪れるだけの自立心も行動力も、身内の迷惑になるまいとする思慮深さも備えている。
悪く言えば、出来過ぎた優等生。
それでいて、不安や混乱で感情を高ぶらせ、涙したり恥じらうなどする生身の人間。
彼を主人格とするのなら、何に対しても我関せずで、アルカイックスマイルを
口元にたたえ、虚空をさまよい続けているような、傍観者的な第二の人格。
どちらも自分から女たちに声をかけ、その日のうちにホテルに行ったり、清楚な羽藤に似つかわしくない服を買うなど散財し、飲酒をし、街中で会った友人に、暴言や暴力を奮うなどとは思えない。
「長澤さん。また来週来ますから」
麻子の動揺を楽しむように、羽藤は麻子に開けられたドアの近くで上目遣いにほくそ笑む。帰り際の羽藤の瞳は挑戦的で険のある、鋭い光を放っていた。
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