第3話 あってはならないはずの物

 リビングにはテレビの正面に設えたソファと、ローテーブル。ソファに放置した鞄と、背もたれにかけられたコート。そして、テレビの前のテーブルには、ビールの缶がぽつんとひとつ。

 プルトップも引かれていて、側面にはうっすら水滴が浮いていた。


「えっ、……?」

 

 麻子は周囲を見回した。

 もちろん部屋には自分だけ。混乱する頭を手で押さえ、もう一度「え……っ」と、呟いた。

 卓上のスナック菓子の空袋、マグカップ、文庫本といった雑多な私物を端に寄せて作られた空間に、その存在を主張しているビールの缶。

 

 十分前にテレビのスイッチをつけた時、リモコンを置いたテーブルに、こんな物はなかったはずだ。あれば必ず目に入る。

 アルコールを摂取すると目の周りが腫れ、全身に発疹ができるアレルギー体質だ。

 買うはずがない物だ。

 


 じゃあ、誰がと思ったその瞬間、麻子は突然我に返ってソファからバッグとコートをひったくる。

 帰ってきた時、自分で鍵を開けたから、鍵は閉まっていたはずだ。それなのに、侵入された痕跡がある。入浴していた十数分の間に、だ。


 バッグとコートを胸に抱え、濡れ髪のまま玄関に直行した。

 共同の外廊下に出た麻子は、最後にひと欠片だけ残った理性で、かろうじて玄関の鍵を閉め、悲鳴とも奇声ともつかない声を上げながら、マンションの階段を駆け下りた。

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