第10話 向き合う覚悟
「これまで心療内科か精神科を受診したことはありますか?」
「ないです」
羽藤にないと答えられ、麻子は再び用紙に書き込む手を止めた。
それでは高校生がたった一人で心療内科の門を叩いたというのかと、内心の驚きを隠せない。
大人でも受診するまで相当の迷いと恐れを想起させる心の病と向き合う覚悟を、この少年は一人きりでつけてきたというのかと、麻子は感銘にも似たさざ波が、胸に湧くのを感じていた。
インテークを開始してから二十分。
受付で看護婦から任意で記入を促された問診票は、ほぼ無記入に近かった。
インテークでわかったことは、
母親の死因は不明。または隠されている。
何をどこまで話すのか。
羽藤は要所要所で動揺しながら、それでも完璧にコントロールできている。
思慮深い性格だということがよくわかる。それは同時に、容易には打ち明けづらい事情と悩みを抱えているということだ。
麻子はそれらを質問用紙に書き込んで、ほっと小さく息を吐く。そして、バインダーとペンを持つ手を一旦膝の上に置き、顔を上げて真摯に訊ねた。
「それでは今日、こちらにいらっしゃった動機というか。どんなことでお悩みかを簡単にお聞きしてもいいですか?」
インテークの核心となる主訴に傾聴するために、麻子は軽く前のめりになる。
それまで抵抗のない問いかけに対しては、即答してきた羽藤が眉をきゅっと寄せ、伏し目になって黙り込んだ。
テーブルの上に置かれた時計の針の
「僕、……ちょっと前に映画を観て」
答えるまでに要した時間は四分二十秒。
二人きりのインテークで、質問された本人の沈黙時間としては長い方だ。
インテークでは「夜、眠れないから」「朝、起きられなくて」「友達とうまくしゃべれない」など、ありがちな主訴を述べておいて、本格的なカウンセリングが進むにつれて、本当の来院理由を明らかにするパターンが多い。
けれども羽藤はその場しのぎの返事をする気はないらしい。
そのための
そうしてようやく口を開いた彼が述べる言葉の重みを、麻子は肌で感じていた。映画を観た後、思うところがあったから、クリニックに来たと言う。
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