第7話 教師と教え子
放課後、僕は職員室を訪ねていた。
「失礼します。ウム先生はいますか?」
引き戸を開けると、一番近くにいたのは副担任のゴフ先生だった。
ゴフ先生は手元の書類から手を離さず、ちらりと僕の顔を一瞥した。
「ドラスレ科の新入生か。ドラゴン先生は職員室には来ないぞ。そもそもあの体では入る場所がない。何の用だ」
「少し質問したいことがありまして、先生の居場所に心当たりありますでしょうか?」
「ドラゴン先生なら特別教室だ。あのドラゴンに移動が許可されている場所はそう多くない。しかし、物好きだな、わざわざドラゴン先生に会いに行くなんて」
「物好きですかね?」
「ああ、わざわざドラゴン先生に質問なぞしなくても、担任に聞けばいいだろう。こっそりドラゴンを討伐しようだとか馬鹿なこと考えてないだろうな」
毎年一人はいるんだ。そういうバカが。
ゴフ先生の小馬鹿にしたような呟きもバッチリ聞こえていた。
少しムッとしたけれど、僕にだって、ドラゴン先生をこっそり討伐するなんてことが無茶なのはよくわかっていた。今日の目的はそれじゃない。
僕はぺこりと頭を下げて、職員室を後にした。行き先はもちろん特別教室だ。
僕だって、ウム先生に会いたいから探しているわけじゃない。本当は質問をするならオチバ先生がいい。
「だけど、オチバ先生本人にこんな質問とか、できるわけないよ……」
それに副担任はあの調子で頼りになりそうにない。そんなわけで、消去法的に
決して、カッコイイから会いたいとか、そういうわけじゃないからね。絶対に。
特別教室に着くと、おかしなところに気が付いた。いつも牢獄みたいに締め切られている出入口が開いている。中を伺ってみると、かすかに話し声が聞こえてくる。
「……まさか、オチバ君が戻ってくるとはね」
「これから相談に来ることも多くなると思いますけど、どうぞお手柔らかにお願いしますね。ウム先生」
会話はほんの一言二言しか聞き取れなかった。けど、気の置けない雰囲気を感じるには十分だった。
話し声はすぐに聞こえなくなり、代わりに、足音がこちらに近づいてくる。
僕は慌てて近くの柱の影に身を隠した。
オチバ先生の足音が十分に遠ざかったのを確認してから、僕は急いで特別教室の中へと足を踏み入れた。
「今日は随分と客人が多い日だね。こんにちは。確か、君は一年生の……」
「ネイスミスです。今日は少しお聞きしたいことがありまして」
「講義初日から質問とはやる気があって素晴らしいね。何でも質問してくれていいよ。ボクに可能な限り答えよう」
僕が聞きたかったことは一つ。もったいぶっても仕方ない。というより、その時の僕には、前置きを喋るような余裕は無かった。
「ウム先生はオチバ先生とどういう関係なんですか」
「そういう質問か……」
「どうなんですか!」
オチバ先生は明らかにウム先生に対して距離が近い。頼られているというか、特別な雰囲気を感じる。
「同僚だよ。今年一年目の仕事仲間」
「それだけですか? それにしてはすごく仲が良いような気がするんですけど」
「気になるかい?」
僕はコクリと首を縦に振った。気にならないわけがない。
「わかった。少し昔話をしようか。……ああ、焦らないで。ちゃんと話すから。ここで誤魔化して、また何度も盗み聞きされても困ってしまうからね」
背筋を冷や汗が伝う。さっき廊下に隠れていたこと、バレてたんだ。
「これでも一応ドラゴンの端くれだからね。耳も君たちよりはいいんだ。その代わりに物覚えはあまり良くない。千年以上生きているからね。いろんなことをすぐに忘れてしまうんだ。だから、これからの言葉は話半分に聞いておくれ」
僕は神妙な顔で頷く。それを見て、ドラゴン先生は目を閉じた。遠い昔のことを思い出すみたいに。
「オチバ君はね。昔、ここの学生だったんだよ。つまりはボクの教え子だね」
「オチバ先生がドラスレ科に……?」
「うん。何年前だったかな……そんなに遠い昔じゃないよ。とにかく生徒だったオチバ君は無事にここを卒業し、今年、教師として戻ってきた」
確かに、そう聞くといろいろと腑に落ちる。
オチバ先生が高い運動能力を持っていることや、僕たちと同じ一年目なのに学園のあれこれについてよく知っている様子なのも、昔同じ学校に通っていたからだと言われれば納得できる。
「ボクを少しだけ頼ってくれているのは、元々顔を知っているから、それだけだよ。君、ええと……」
「ネイスミスです」
「ありがとう。ネイスミス君が気にするようなことは何もないよ」
ウム先生が心なしか優しい目をしているような気がする。これが大人の余裕というやつなのだろうか。
「さっき、オチバ先生からは何の相談をされていたんですか」
「詳しいことは話せないけど、大まかに言えば君たち生徒にどう接するか、みたいなことだね。どうすればネイスミス君たちが強くなって、無事に卒業できるのか。オチバ君はずっと考えているようだよ。ボクはたくさんの先生たちを見てきたけれど、彼女は格段に熱心だね。素晴らしいことだと思うよ」
ランプの灯りがゆらゆらと揺れる。足元に、俯いた僕の影が見えた。
「あがきたまえ。何年か前のオチバ君もそうしていたよ。詳しいことはもう思い出せないが、きっとね」
顔を上げると、言葉と裏腹に、ウム先生はやはり優しい目をしていた。この時初めて、僕は理解した。ウム先生を必要以上に怖がる必要はないこと。
そして、ウム先生はオチバ先生が頼りたくなるような先生だったこと、その二つを理解した。
同時に、小石のような劣等感が僕の胸の奥につっかえた。
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