第8話 バディ結成
特別教室でウム先生と話をした次の朝。
いつものように古麦亭で朝食を取っていると、トレイに焼き立てのパンを乗せたリザちゃんが話しかけてきた。
「おはよう、お兄ちゃん!」
「おはよう、リザちゃん。今日もお手伝いしてて偉いね」
香ばしい小麦の匂いが鼻孔をくすぐる。
どうして、焼き立てのパンはたくさん集まると、こんなにも美味しそうなのだろうか。
「そんな顔してもあげないよ。おかわりはべつりょうきん」
「ハハハ……、リザちゃんはしっかりしてて偉いね」
「えへへ。今日のお兄ちゃん、昨日よりちょっと楽しそうだね」
「……そうかも。学校でやりたいことができたんだ」
「いいなぁ。リザも学校行ってみたいなぁ」
僕がリザちゃんくらいの年だった頃は、家庭教師の先生に勉強を教えてもらっていた。その時は、読書は好きだったけど、勉強が好きなわけではなかったような気がする。
「今度、本読みの代わりに勉強してみる?」
「う、お勉強かぁ……」
「嫌? やっぱりお話の方がいいかな?」
「ううん、やってみる。前にね、ママがね、何でもチャレンジしてみるのが大事なんだって言ってたの」
「……わかった。準備しておくよ」
リザちゃんは空になったトレイを下げに厨房へ戻っていく。その後ろ姿を眺めながら、僕は残りの紅茶を飲み干した。
「チャレンジしてみることが大事、か……。うん、そうだよね」
その日、僕は少し早く学園へと向かうことにした。
同じ学び舎にやってくる彼女を待つために。
しかし、モモチヨの朝の早さを、僕はまだ知らなかった。
まだ肌寒い風が木の葉を揺らす。空には雲一つない。今日はきっと暖かくなるだろう。
今日ばかりは一番乗りだと確信しながら、一年九組の教室に入る。
けれど、既にモモチヨの荷物が彼女の席に置かれていた。ただし、教室に本人の姿はない。
「毎日こんなに朝早く登校してるのかな、何してるんだろう?」
今日は彼女に用がある。僕はあてどなく校舎の中を探し始めた。
涼しく爽やかな朝の空気が、僕の背中を押してくれているみたいで、廊下を歩くだけで不思議と足が弾む。
モモチヨを見つけたのは、校舎の中をほとんど探検し終わった後、中庭を通り過ぎようとした時のこと。
彼女は下生えの茂った一角で体を伸ばしていた。
「おはよう、ネイスミス君。偶然だね。ココのことは誰にも言ってなかったと思ってたけど……もしかしてストーカー? なんちゃって」
「そんな感じかもです。モモチヨさんを探してました。どうしても伝えておきたいことがあってですね……」
「どうしても伝えたいこと!? えっ、いや、そんな……いきなり言われても、その、困っちゃうから……」
「今、取り込み中ですか、それならまた後にしますけど」
彼女は慌てた様子で身じろぎをする。中庭の枯れ葉がガサガサと音を立てた。
「そういうことじゃなくて、別に時間はあるけど、今とか後とか関係なく困っちゃうっていうか、内容が問題というか、その気持ちにはお応えできないというか……」
「時間はあるんですね。じゃあ言っちゃいます。何事も伝えるのは早い方がいいと父さんも言ってました」
「いぃー!! 嫌! いや、嫌じゃないけど、応えられないのー!」
なぜかモモチヨは激しく取り乱している。けど、せっかく見つけたからには、今のうちに言っておきたい。これから迷惑を掛けるのは僕の方だから。
「僕を鍛えてください、お願いします!」
「へ? 鍛える? 恋愛的な意味で?」
「どうして恋愛なんですか、戦闘訓練的な意味ですよ」
「…………ああ~、そういう?」
「他に何かあります?」
「さっきの私の言葉は忘れて! 全部忘れて! 戦闘訓練的なことだよね! うん! そう! それしかないっ!」
ばたばたと手を振るモモチヨさん。反動で木に立てかけていた弓が地面に落ちる。彼女が平静を取り戻すまで三分ほどの時間を要した。
「どうして、いきなり訓練をつけてほしいの?」
「僕がモモチヨさんのバディとしてふさわしくないからです」
「そんなことないって、前に言ったと思うんだけどな」
「それに……オチバ先生に認めてもらうためにも、もっと強くなりたいんです」
僕はまっすぐにモモチヨの目を見つめた。
「そういうことか~、なるほどねえ。嫌いじゃないよ、いいじゃん、そういうの」
モモチヨさんは棚に隠してあるお菓子を見つけた子どものように、にやにやと笑った。
「とりあえず、私とバディを組むってことでいいんだよね」
「はい、まずはバディを組ませてもらって、訓練はこれからの話ということでお願いします」
「うんうん、わざわざ自主練に志願してくれるなんて、私は嬉しいよ。もちろんおっけー。一緒に選抜試験で一番になろうよ! これからよろしくね」
モモチヨさんが差し出した手を、僕は堂々と握った。
強くなりたい、そう思った。その願いを叶えるために僕は彼女とバディを組んだ。
その時、彼女の漆黒の瞳の奥で何を思っていたのか、僕には分からない。
「じゃ、早速明日の朝からココで待ち合わせね。明日からの訓練メニューはどうしようかな、まずは走り込みで基礎を作って、でも試験まで時間がないから並行で実戦形式の訓練とか、神経系を鍛える訓練もほしいよね」
彼女はスキップしそうな軽い足取りで、校舎へと戻っていった。
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