第6話 再会

 その日の四時間目の講義は、特別教室で行われた。

 特別教室は校舎の端っこにある、鉄格子の嵌められた教室だ。

 例の面接試験の時に使った場所でもある。


 僕たちドラスレ科の一年生が重い扉を開けて教室に入ると、そこにはオチバ先生が待っていた。

 いや、その表現は正確じゃないだろう。

 待っていたのはオチバ先生だけじゃなかった。


 ドラゴン。

 

 面接と『羽刈り』、二回も僕たちと顔を合わせているあのドラゴンがそこに居た。

 本来なら教卓がある場所に、ドラゴンの顔がある。

 僕らから見えているのは首から上の部分だけ。それでも僕の背丈ほどの大きさがあった。


 一斉に固まる僕らを前に、そのドラゴンは、人間一人くらいは丸吞みにできそうな、巨大な咢を開いた。


「おはよう諸君」


 というより、ドラゴンが人間の言葉を喋ったという事実を受け入れることができなかった。

 しかも、第一声が礼儀正しい挨拶だ。

 ドラゴンが挨拶をしたなんて、おとぎ話でも聞いたことがない。


 僕らの驚きと戸惑いを見透かしたように、オチバ先生が言葉を継いだ。


「こちらにいらっしゃるのはウム先生。見ての通り天竜種のドラゴンです。ウム先生にはドラゴン生態学の講義をしていただくことになっています。間違って襲い掛かったり、失神したりしないようにお願いしますね」


 茶目っ気たっぷりの最後の一言を、その場にいた誰も笑い飛ばせなかった。

 実際、失神寸前のクラスメイトもいたくらいだ。

 あとは、今にも飛び掛かりたそうに睨んでいる、僕のバディ候補が約一名。


「羽刈りの時は驚かせてすまなかったね。紹介に預かったウムだ。ボクの講義は基本的に座学で、他の先生の実技にも少し顔を出させてもらうことになっている。遠い教室まで足を運ばせてすまないが、これから三年間よろしく頼むよ」


 あまりにも丁寧な自己紹介だが、きちんと頭に入った生徒はいなかったに違いない。もちろん、僕を含めて。


 前回、面接の時にこの教室へ来たときはよく見えていなかったが、特別教室の教壇の後ろには巨大な穴が開いていた。

 ウム先生はその穴から頭と爪だけを出している。僕らから見えているのはほとんど首から先の部分だけだ。あまりにも常識とかけ離れたスタイルに、僕らは戸惑わずにはいられなかった。


「質問がなければそのまま講義に入るけど、大丈夫かい?」


 みんな、聞きたいことはたくさんあったに違いない。

 しかし、異議を唱えられる者は誰もいなかった。


「では、ドラゴンについて知っていることを挙げてみてくれたまえ。発表者は手を挙げて」


 教室は静まり返った。ウム先生が教壇から僕らを見渡している。いたたまれない空気が胸に刺さる、けど、それ以上に、教壇の端に控えているオチバ先生を失望させてしまうのが怖い。

 考えもろくにまとまらないまま、僕はおずおずと手を挙げる。


「そこの君、名前は?」

「ネイスミスです」

「いい名前だ。ドラゴンについて知っていること、イメージや想像でいいから挙げてほしい」


 僕が知っているのはおとぎ話に出てくるドラゴンと、目の前にいるウム先生だけだ。

 インギルテのパパの書斎にあったおとぎ話を必死に思い出す。

 勇者が姫をさらったドラゴンを退治する話、嵐の夜に海岸の村を丸呑みにした腹ペコドラゴンの話、お酒を飲み過ぎて酔っぱらったドラゴンを捕まえる話。たくさんのおとぎ話にドラゴンは登場していた。


「えっと、ドラゴンは強い力があって、火を吹いたりして、家畜や人間を襲います。ドラゴンは山とか海とか空とか、いろんなところに住んでいます。あとは……人間の言葉を喋ります」

「ネイスミス君、答えるときはウム先生の方を見て喋ってね。今授業をしてるのは、私じゃなくてウム先生だからね」


 いつの間にか、ウム先生から顔をそらしていた。

 オチバ先生の言葉で、僕は顔から火を吹きそうになった。実際、体中から汗が吹き出していたと思う。

 僕は空気が抜けた風船みたいな気持ちで席に戻った。


「質問に答えてくれてありがとう、ネイスミス君。結論から言うと、さっき挙げてくれたドラゴンの生態は全て真実だ。最後の一つを除いてね」


 僕は窓の外を眺めて現実逃避したい気持ちでいっぱいだった。けれど、特別教室には窓がない。


一般的・・・なドラゴンは人語を解さないが、膂力は強く、ブレスを吐き、動物全般を襲う。住処は陸・海・空のいずれかだね。だが、全てのドラゴンがこれを満たすわけではない。ドラゴンの種によって生態には違いがあるし、ボクのような例外もいる。ボクの講義では、そんなドラゴンの生態を一年かけて学んでもらう。分からないことがあれば、どんどん聞いてほしい」


 ちらりと横目でオチバ先生を見た。オチバ先生はウム先生を見つめて、しきりにメモを取っていた。心なしか、その目が輝いているようにも見える。

 その様子を見て、僕はがっくりと肩を落とした。


 


 

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