第5話 バディと恋の病

 ハード過ぎるオリエンテーション『羽刈り』の日から三日が過ぎた。


「はぁ~」

「ため息ばっかりだと幸せが逃げるよ?」

「あ、モモチヨさん、おはようございます~」

「もうお昼だってば」


 昼休みが始まってすぐ、一人のクラスメイトが僕の席に近づいてきた。モモチヨさんだ。

 初めは全く面識がなかったクラスメイトも、三日も経てば、ある程度顔を覚えてくる。不思議なことに、この男勝りな女子と絡む機会が一番多い。


 座学と実技を交えた講義も始まり、本当ならドラスレ科らしく、ドラゴンスレイヤーになるべく勉強に精を出している……はずだったのだが。

 『羽刈り』の日から、僕の頭の中はオチバ先生のことでいっぱいだった。


「かっこよかったなぁ……」

「もう、またその話? 好きだねぇ」

「好き、なのかなぁ」

「その話題が? それとも先生が? ……いいや、答えなくても大丈夫。ちゃーんと分かってるから」


 あの日、羽刈りでドラゴンの羽膜を刈ったのは、結局ほとんど三年生の先輩とオチバ先生だった。

 唯一モモチヨさんだけはドラゴンの羽膜に傷をつけていたけど、僕を含め、他のクラスメイトは誰もドラゴンに触れることさえできなかった。ただ、その場で固まっていただけだった。


 後から聞いた話では、あのドラゴン、竜廠会学園に住んでいるらしい。

 確かに、実物が居るというのは、ドラゴンスレイヤーを育てるうえでいろいろと都合がいいのだろう。

 古麦亭でポロリと喋ってしまったけれど、女将さんは特に驚いた様子を見せなかったあたり、地元では案外有名な話なのかもしれない。


 しかし、だからって本当にやるか、普通。

 そして、そんなヤバイ学園に赴任しているオチバ先生も、よく考えれば、僕みたいなただの一般人なんてことはあり得ないんだ。

 あの身のこなし、怪力、そして余裕の笑顔。

 おとぎ話から出てきたみたいで、思い出しただけで……頬が緩んでしまう。


「じゃあ、この私が、ネイスミスくんの気持ちを確かめてしんぜよう。いくつか質問するから、三秒以内に答えてね。詰まったらアウト!」


 僕が今一つ状況を飲み込めない中、モモチヨさんは胸を張って、大きく息を吸い込んだ。


「授業中は黒板より――」

「先生の顔見てる」

「夢に出てくるのは――」

「先生」

「今日は昨日より――」

「いい気分」


「うん、これは重症だね! 恋の病ステージ1『一目惚れ』! 村一番の薬師の娘が言うんだから間違いなし!」

「そう言われたら、そんな気もしてきたかも……」

「そういうこと。で、すっきりしたところで、聞きたいことがあるんだけど」


 モモチヨはこれまでのからかうような笑顔を解いて、じっと僕の目を見つめた。


「ネイスミス君、私のバディにならない?」


「ばでぃ……ですか?」

「さては、さっきの授業、ぼーっとして先生の話聞いてなかったな~?」

「……お恥ずかしながら」


 正直、先生の顔ばっかり見ていた。

 モモチヨはため息をついて、僕の前の席に腰を下ろす。


「ざっくり説明するよ。感謝してよね?」

「お願いします」

「バディはこれからの実習で一緒に行動する二人組のことよ。クラスメイトなら相手は自由。実技の評価とかも二人でセット。月末までに決めておくようにってさ」


 ドラゴンスレイヤーは危険な職業だ。学校でも危険な実習を行うこともある。そのため、実習では必ず複数人で行動する必要があるとのことらしい。

 僕は『羽刈り』の時のオチバ先生を思い出していた。確かに、先生がいなければ、僕は今頃骨折で動けなかったかもしれない。ああいう風に互いをフォローし合うバディが必要だというのは理解できる話だ。


「それを、僕に?」


 モモチヨさんはコクリと首を縦に振った。


「どうして僕なんですか? モモチヨさんは羽刈りの時もすごかったし、仲のいい人もたくさんいます。それなのに」

「……私は全然すごくなんてないよ」

「モモチヨさん?」


 モモチヨさんが俯くと、前髪に隠れて表情がほとんど見えなくなってしまう。面接の時と同じだ。

 それでも、口調やほんの少しの仕草の違いが、彼女のまとう空気の変化を伝えてくれる。

 すごくなんてない、そう言った彼女の口調には、隠しきれない自嘲の色が混じっていた。


「私ね、選抜試験で一番になることが目標なんだ。だからバディも強い人がいいの」

「僕だって全然強くなんてないですよ」


 モモチヨの雰囲気が変わっていたのはほんの数秒の間だけだった。僕の言葉を聞いて、彼女はクスリと笑った。


「ふふっ、なんだか似てるね。どっちも『自分は強くない~』って」

「それは、同意できるような、できないような……」

「私もね、理由なく強そうだなって思ったわけじゃないよ。ほら、ネイスミス君はすごい度胸があるじゃない?」


 彼女は腰に差した短剣の鞘を撫で、わずかに目を伏せる。

 鞘に刻まれた文様が窓から差し込む光を反射して、わずかに光る。


「羽刈りの時、ネイスミス君は真っ先にドラゴンへ向かって行った。クラスの誰もそんなことできなかった。私もネイスミス君の姿を見るまで、足が竦んで動けなかった」

「それは、僕が混乱してたからで」

「それでも、一番槍はネイスミス君だった。あの中で一番勇気があったのはネイスミス君だったんだよ」


 モモチヨさんはいっそ不自然なくらいに僕を褒めてくれた。だけど、当の彼女自身はずっと唇を噛んでいる。


「だからネイスミス君を誘うことにしたの。私とネイスミス君なら、一番やる気があって、勇敢で、強いバディになるってね」


 僕はモモチヨのことが分からなかった。

 どうして僕を誘うのか。

 どうして一番になりたいと思っているのか。

 どうして……そんなに悔しそうな顔をしているのか。


「モモチヨさんはどうして選抜試験で一番になりたいんですか」

「それは内緒。これ以上は有料だぞ? なんちゃって。……考えといてね、バディの話」


 モモチヨは去っていった。食堂で友達と一緒にご飯を食べるのだろう。僕もカバンから女将さんの総菜パンを取り出した。


「バディかぁ……。オチバ先生とバディになれたらよかったのになぁ」


 それが無理な相談であることは、自分自身が一番よくわかっていた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る