第2話 二人の弟妹
僕らが住まう国は大きな一つの島と小さな島々からできている。この国が連合国と呼ばれるようになったのは、おじいちゃんのおじいちゃんが生きていた頃のことだったらしい。
縦に長い連合国の本島は、元は別々の三つの国だった。
先端技術の発信地、歯車と石炭の港、南のインギルテ。
山がちな土地で独自の文化を育み、カミを信奉する狩猟と氷の大地、東のカムイ。
そして、平地が大部分を占め、早くから発展を続けてきた結果、田園と城塞、争いと伝統が根付いた連合国の中心、竜廠会の本部や学園がある北のアルベニー。
ネイスミス=グラスゴーの出身地はインギルテの港町。そして、彼は今、アルベニーの岬の街に店を構える宿屋兼パン屋、古麦亭にその身を置いていた。
古麦亭は食事の美味しさで評判のパン屋だが、一方で、朝の騒がしさのせいで、宿屋としてはあまり人気がない。
この場所が僕の正式な下宿先となったのは、だいたい一ヶ月ほど前のことになる。
「お兄ちゃん、今日から学校?」
朝の支度を済ませて、一階のパン屋スペースへ降りてカウンターの席に着く。
幼い女の子の声が聞こえ、後ろへ振り返る。そこに居たのは、古麦亭の小さな跡取り娘、リザちゃん。
明るい色のシャツを腕まくりして、頭には白い三角巾を被っている。慣れた様子で木のお盆を運ぶ姿は、微笑ましくも、なかなか様になっている。
リザちゃんからの少し恥ずかしい呼び方にも。最近ようやく慣れてきたところだ。
「今日はオリエンテーションをするらしいんだ。昼過ぎには帰ってくると思うよ」
「ほんと!? 帰ったらご本読んでくれる!?」
「もちろん、今日はリザちゃんにお星さまの本を読んであげるよ」
僕がリザちゃんに読み聞かせをする絵本は、故郷で自分が読んだことのあるお気に入りのものがほとんどだ。
本当は冒険譚や英雄譚がおすすめなんだけど、どうやらリザちゃんはお姫様が沢山出てくる話が好みらしい。
「それって、ドキドキするご本?」
「どちらかというとワクワクする本かな」
「ワクワクか~! たのしみ! みんなも呼んでくるね」
僕も読み聞かせは好きだった。
同じ本を誰かに好きだと言ってもらえることは、とても嬉しい。
だけど、今、この子は仕事中。あまり邪魔をするのは悪いし、僕もこれから学校がある。
「お母さんのお手伝いは大丈夫?」
「もういそがしくないからだいじょうぶ! はい、きょうの朝ごはん、フレンチミックスフライチップスバーガーだよ!」
「力が付きそうなメニューだね……」
本職のパン屋だけあって、古麦亭のご飯はとてもおいしい。胸焼けしそうな名前のメニューでも、すぐにぺろりと食べきれてしまう。。
「ごちそうさま、それじゃ行ってきます」
「うん、いってらっしゃい! また後でね~」
リザちゃんは元気に手を振って、初登校の僕を見送ってくれた。
この子の笑顔を見ると、僕まで元気をもらえそうな気がする。
……だけど、それと同時に、ほんの少しだけ胸の奥で疼く痛みがある。
『行ってらっしゃい。兄さん』
脳裏をよぎる懐かしい声から耳を背ける。
チクリと胸を刺す痛みを、他の誰にも気づかれないように胸の奥へと隠し、空っぽの手提げカバンを大きく振って、学園へ続く通りを歩き出す。
僕は足を動かしながら、背中に負った無骨な槍の柄を撫でた。
学園が楽しみなのは本当だ。高い岬の上にそびえ建つあの校舎は、僕の目指すところへとつながっているはずなんだ。
……ただ。
ここに弟はいない。
僕が置いてきてしまったからだ。
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