第3話 クラスメイトと先生
竜廠会学園。僕が初めて通う学校の名前。
通学路の長い坂を上り切ると、白いレンガ造りの校舎の威容が目に飛び込んできた。
ここと比べたら、実家の屋敷もまるで犬小屋くらいの広さでしかない。面接の日、あまりの大きさに圧倒されたことも、昨日のように思い出せる。
合格通知にはクラスの名前も一緒に記されていた。
一年九組、竜廠会学園ドラゴンスレイヤー科。それが僕がこれから一年間過ごすことになる舞台の名前だった。
クラスメイトが全員で二十名あまりであることを、ついに始まった最初の授業で知った。
「私は担任のオチバ。カムイ出身よ。これから三年間、担任として皆と一緒に頑張っていくことになりました。よろしくお願いね」
教壇に立っていた先生は二人。その片方、よく目立つ赤い髪の女性がお辞儀をした。動きやすいパンツに薄手のブラウスという飾らない服装に、優しい笑顔が眩しい。
「私もみんなと同じ、今年からこの学園でお世話になるのよ。同じ一年生として仲良くしてくれると嬉しいわ」
オチバと名乗った先生は優しげな笑顔のまま、クラス中を見渡した。
少し失礼な話かもしれないけれど、オチバ先生の様子を見て、僕は少し頼りない先生だな、と、思ってしまった。
ここはドラスレ科、ドラゴンと戦うための勉強をするクラスだ。
僕を含め、クラスメイト達は皆自分の武器を持ちこんでいる。
それなのに、オチバ先生は武器の一つすら持っていない。
今は自己紹介の時間だから必要ないというのもわかるけれど、どうしても、危機感とか緊張感が足りないんじゃないかと思ってしまう。
「俺は副担任のゴフだ。ビシビシ行くからそのつもりでな」
もう一人の先生は腰に細い剣を差していた。
その顔には見覚えがある。たしか、面接の時にドラゴンの隣に居た面接官だ。
あの時はずいぶん取り乱してしまった。今思い出しても恥ずかしい。
クラスの半分くらいは、ゴフ先生が面接官だったことに気づいているみたいだ。
まぁ、忘れていてもしょうがない。僕だって、あの面接のことは早く記憶から消し去ってしまいたいのだ。
ドラゴンの大きな口、ギョロリと見開いた眼、先生の質問、そして、怒っているようにも泣いているようにも見えた女の子の顔。
ただ、あの時の出来事が、どうしようもなく衝撃的で、忘れられないだけで。
「そういえば、あの時の女の子は……」
面接の時に短剣を鉄格子に打ち付けていたあの女の子は、ここにいるのだろうか。
周りを見回すと、思い当たる女子がすぐに見つかった。
姿斜め前の席。あの時の女の子が座っている。
顔がほとんど覚えていないけど、カバンの端から、弓矢と一緒に特徴的な蔓の模様の鞘が覗いている。間違いないだろう。
「……あの子も入学できたみたいですね。良かった」
僕が女の子の横顔を見ている間に、先生の自己紹介は終わり、話題はこれから予定されている行事の説明へと移っていた。
「まず、皆さんには夏の選抜試験に向けて頑張ってもらいます。試験で最も良い成績を修めたバディには最初の討伐実習『間引き』に参加する権利が与えられちゃうんです。本物のドラゴンを狩るチャンスですよ」
先生の言葉でクラス中にざわめきが広がった。
一年生でもドラゴン討伐に参加する可能性がある。初耳の情報だった。
たぶん、みんなの頭に同じ顔が浮かんでいただろう。
面接の時に顔を合わせたあのドラゴンだ。
斜め前の女の子が、机の下で拳を握ったのが見えた。
「本物のドラゴン……」
牙が覗く大口、僕を見つめていたギョロリと大きな目。あれが偽物だったなんてとても思えない。間違いなく本物のドラゴンだった。
しかし、この辺りの人たちにとって、ドラゴンはおとぎ話の中の存在ではないらしい。
『ありゃ災害みたいなもんだね。あたしら人間は避難して過ぎ去るのを待つ。そういうもんさ。立ち向かおうなんて気持ちさえ湧いてこないよ』
入学が決まった時に、古麦亭の女将さんはそんな風に言っていた。
正直怖い。だけど、同時に楽しみでもあった。
だって、僕はドラゴンスレイヤーになるためにここへ入学したんだ。
「これは既に聞いているかな? この後はオリエンテーションがありますよ。二十分後に技錬場で集合してくださいね」
いつの間にか先生の話は終わっていた。
二人の先生は先に教室を出て、僕たち生徒だけが残された。
「他のクラスの奴らは呼ばれてないらしいよ」
「ウチらだけ? クラス別に偉い人の話聞くの? 無駄じゃね?」
「訓練用の武器とか貰えるのかもよ」
既にクラスメイト達の大半はグループを組んで、オリエンテーションの内容についてあれこれ話し合っていた。僕は一人。話し相手はいない。
「仕方ない……ですよね。知り合いの人、全然いないし」
僕の故郷インギルテは、学園のあるアルベニーとは別の地域だけあって。距離も相当に離れている。同じ学校に顔見知りが居るはずもない。
僕はたった一つの武器、ゴツイ見た目の杭打槍を油が染みた布で磨いた。
杭打槍は持ち手の部分が丸太のように太くて、杭のような先端に向かってだんだんと細くなっている。杭打槍という名前は、パパがこの武器を自慢するときに呼んでいた名前だった。本当はエクスカリバーだとかガラティーンだとか、もっとカッコイイ名前がついているのかもしれないけど、僕は知らない。
槍を磨いている間は不思議と気分が落ち着いた。集中して周りが気にならなくなるからだろうか。それもあって、手入れ用の布は常にカバンの中に準備している。
「……ねぇ、キミ、その武器について聞きたいんだけど、いいかな?」
この槍は、元は僕の実家にあった骨董品だった。
パパは壁に飾って、週末になると布と油で手入れをしていた。ちょうど今の僕がやっているみたいに。
そのおかげで今でも問題なく使うことができる。内部に仕込まれた機構もきちんと動く。
だけど、パパの仕事は武器を取って戦うことではなかったから、この槍が実際に使われているところを見たことはない。あくまで、ただの観賞用のアンティーク。
ずっとリビングから出られず、武器としてではなく調度品として飾られているだけだったその武器を、僕は少しかわいそうだと思っていた。
「聞いてるの! ねぇってば!!」
「……僕?」
「他に誰もいないって。もうみんな先に行っちゃったよ」
「あ、あれ、ホントですね……」
集中して周りに気が付かなかったが、いつの間にか僕の隣に一人の女の子が立っていた。他にクラスメイトは居ない。彼女と二人きり。
「無視されてるのかと思っちゃった」
「ごめんなさい、そういうわけじゃなかったんですけど、ちょっと考え事をしてまして」
「私はモモチヨ。先生と同じカムイから来たの。あなたは?」
「ネイスミスです。出身はインギルテ」
「私と同じだね。ノー地元民でボッチ仲間」
モモチヨと名乗った女の子の腰には例の短剣。斜め前の席に座っていた子だ。モモチヨの目線は、ふきんに覆われた杭打槍に向けられていた。
「その武器、ネイスミスくんの?」
「ああ、これですか? これは元々パパの物だったんです」
「お父さんのね、……そうよね。珍しい武器だなって思ったからつい聞いちゃった。ごめんね、ずうずうしくて」
「いえ、声をかけてくれてありがとうございます。このままだと遅れてしまうところでした」
僕は席から立ち上がって、乾いた布を鞄にしまう。
「モモチヨさん、面接のときに会いましたよね?」
「……」
僕がそう聞いた途端、彼女は押し黙った。
「もしかして人違いでしたか? そうだったらごめんなさい」
「……ううん。合ってるよ。だけど、そのことは忘れてほしいな。なんて言うか、黒歴史みたいな? そんな感じだから」
「あれはしょうがないですよ。だって、あの中で生のドラ……」
「だから、誰にも言わないで! あの時の話を蒸し返すのは絶対ナシ! 約束だからね」
僕に顔を見せないように後ろを向いたまま、彼女はわざとおどけた様子で教室から出て行った。
「先に行っとくから、遅れないでね、ネイスミスくん」
そんな風に念押しをして、僕の返答も聞かないままに。
すぐに後を追うのもなんだか気恥ずかしくて、わざとゆっくり準備をして席を立つ。
こうして、僕は本当のボッチ状態で取り残された教室から、先生に指定された集合場所に向かって歩き出した。
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