第9話 君の幸せを願う

大きな扉が開かれた。

真っ直ぐ敷かれる紅敷布バージンロード


君は柔らかいレースに包まれて、僕の隣ではにかんだ。

彼のもとへと続く二十三歩のこの距離は、一歩一歩が尊くて。

いつだか僕が言った通り、貴女お母さんによく似て女神のようだ。


彼と君とが見つめ合う。

『頼んだよ』短く告げて2人の手と手を繋いで包み込み、一歩離れて送り出す。

感情が溢れてしまわぬよう、ほんの少しだけ下を向くけれど。


「お父さん」


君に呼ばれて視線を戻す。

震える指を拳で隠し、滲む視界を乾かして。君をこの目に焼き付ける。


「大好き」


その瞬間、きっと僕の顔は情けなく歪んでしまっていたことだろう。

君のこれまでの人生で最も幸せな瞬間を、笑顔で祝うはずだったのに。


貴女と同じドレスを身にまとい、僕らふたりで用意した二十の真珠に飾られて。幸せそうに微笑む君の姿に、僕らの切なくなった思い出が新たな喜びへと昇華されていく。

僕らの想いが君へと繋がった。

この先僕にできるのは、君の幸せを願うことだけだ。


君よ、君たちよ。

どうかいつまでも、末永く幸せに。




式が終わり、僕は家へと帰りつく。

天使むすめの花嫁姿を思い出し、未だに心がふわふわしている。


僕はグラスを二つ用意して、一人庭へと降り立った。

貴女とあの晩話したように、つるりとすべる木の下の大きな庭石へと腰かけて。

紫色の花たちは僕を囲んでおしゃべりしてる。


貴女もあのの晴れ姿、何処からか見ていたろうか。

あのがわざわざ貴女と僕の結婚式の写真をせがみ、ドレスを作ったと知った時。どんなに幸せ感じたことだろう。

あぁ、いつの日にか空の上、貴女と再び逢えたなら。この幸せを分かち合おう。貴女と僕との生涯が、価値あるものだったと言祝ことほぎたい。


ようやく僕の役目は終わったと、心のどこかで安堵する。

もし貴女がここに居たのなら、どんな話をするだろう。

今日のこと。過去のこと。それともこの先の未来のことか。

貴女のことだ。僕の想いなど見通して、全然別のことかもしれないね。


感傷に浸る夜だけれど、今の気分は悪くない。

今夜は貴女と一緒に星を見よう。

例え姿は見えずとも、きっと貴女はここに居てくれる。


遠い昔は一人で見上げ、二人になって家族が増えて。

今また独りでここに居る。


愛しい貴女。

もう、涙を見せても良いのかな。

かかげたグラスに一筋の輝く星が流れて落ちた。

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