第3話 繋げたい想い

貴女の病を知った時、僕は何も考えられず、只々ただただ日々を過ごしていた。

朝、普通に起きて会社へ行って。ご飯を食べて、眠りに就く。

それから数日の時が過ぎ、貴女は見かねて僕に言う。


「ごめんね、ちゃんと話したいの」


僕はぼんやり貴女を見つめ、平坦な声で了承する。

貴女がどんな表情かおをしていたのか未だに思い出せない。


庭石へと腰かけて。

舞い散る花びら眺めつつ、ぽつりぽつりと語り合う。


「ねぇ、貴方あなた。誕生日のおまじないって知っている?」

「おまじない?」


貴女が不意に言い出した。


「えぇ。二十歳になるまで毎年、女の子の誕生日に一粒ずつ真珠を贈るの。毎年毎年、このが幸せになれますようにって願いを込めて。結婚するときにそれをネックレスにしてお式で着けると、本当に幸せになれるのですって。とても素敵だと思わない?」

「あぁ。そうだね」


それはとても遠い未来さきに感じてしまうけれど。


「何年先かはわからないけれど。あのの手で、私たちの想いを繋げてほしいの」

「うん。必ず」


僕と貴女の想いを形にする。それはあのが結婚するまでの秘密の約束。

18歳にはまた別のおまじないがあるらしい。明るい声で続ける貴女が愛おしい。


神様、どうか。

これは悪い夢だと言ってほしい。


僕は今、上手く笑えているだろうか。

貴女が想い描く未来を、僕がきっと実現してみせる。

だから。まぶたの熱よ、引いてくれ。

今じゃない。

今じゃないんだ。それを零してしまうのは。

貴女が安心できるよう、僕は笑って言わなくちゃ。


握った拳は震えるけれど。空を見上げて瞬き繰り返し、こらえて深く息を吸う。視線は空に向けたまま。僕も貴女を見習って、殊更明るく声を上げる。


「きっと素晴らしくこのに似合うものができるよ。花嫁衣装を着たこのはきっと世界で一番幸福で、美しい女神のように輝くんだ。何と言ったって、貴女と僕の天使むすめだからね」


『大袈裟ね』って貴女は僕を笑ったけれど。

微笑みながら頬を濡らす貴女に、僕はそっと口づけた。

貴女とこのが、やがて迎える最期の瞬間まで、幸せであるようにと願いを込めて。

僕の頰に流れてしまった何かには、気づかないふりをした。




時の流れは残酷で。貴女を静かに奪い去る。貴女のぬくもり恋しがり、泣くしかできない幼子を只ただ強く抱きしめた。

貴女とのお別れは、哀しくなるほど晴れた日で。あのの声が心に沁みた。


どちらの両親も、あのを引き取りたいと言ってはくれたけれど。僕は自分の我儘を押し通す。貴女が僕に残してくれた大事な娘を、どうして手放すなんてできるだろう。貴女と娘。僕にはどちらも大切で、かけがえのない宝物だから。


苦手な料理も学んだし、洗濯だってちゃんとする。

毎日掃除機かけてるし、誰にも文句は言わせない。


ただ、あのは。それをどんな思いで見ていたのかな。不幸せだなんて、淋しいなんて、思っていないかな。

それだけが、僕の心にかげを落としていた。

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