第4話 重なる面影

幼い君は僕に我儘わがままを言ったことなど一度もなくて。

迎えが遅くなった時も「おかえり」と笑ってくれる。

君ともっと一緒に居られるようにと仕事を変えた。

もう二度と遅れることなどないように。


そんな君が、ある時泣いていて。理由を聞いても言わなくて。

先生からの連絡帳おてがみに、少しだけ書かれてた。君にパパしか居ないと知った友達からの言葉に傷ついてしまったらしい。


貴女ママを恋しがっているのかな。

淋しくても甘えちゃいけないと思っているのかも。

君はママに似て優しくて、気を遣ってしまうだから。

頼りないパパで、本当にごめん。


君を庭へと連れ出して一緒に遊ぶ。

はしゃぐ笑顔が眩しくて、時折胸のあたりがきゅっとなる。


—— ママに会いたい?

—— ううん。パパがいるからだいじょうぶ。


そう言いつつも、君は僕の顔を見ない。

会いたくない訳がない。


—— 淋しくない?

—— ううん。パパがいてくれるから。


今度はしっかりと、強い瞳で僕を見る。

本当に、君はママにそっくりだ。


—— そっか。でもね、パパはママの代わりにはなれないんだ。

—— うん。わたしもママのかわりになれないの。パパはママがだいすきなのに。でもね、パパはわたしのこともだいすきでしょ? だからね、わたしがパパといっしょにいてあげる! だから、パパもわたしもさびしくないよ!


一瞬、僕は言葉に詰まってしまった。


—— ……うん、そうだね。本当に、そうだ。ありがとう。


僕らの娘はいつの間に、こんなことを言える娘に育ったのだろう。

僕の方が先に慰められてしまうなんて。


—— 聞かせてくれる? どうして泣いてたの?


君は一瞬迷う表情かおをした。

けれど、すぐに笑顔で言い放つ。


—— かわいそうって、いわれたの。わたしにパパしかいないから。でもね。いいかえしたからへいきなの! わたしのパパはやさしくて、かっこよくて、すごいのよって!


貴女がでたこの庭で、僕らの天使むすめが笑ってる。

つるりとすべる木の下で、きらきら輝く紫色に見守られ。

地面に散った花びらを両手いっぱい拾い上げ、えいっと放ってみたものの。君の小さな両手では、上手く空には舞わなくて。しょんぼりうつむく君のため、僕も両手で花びら拾う。

せーの、と声掛け放ってみれば。

風がぶわりと花びら踊らせる。それは見事な花吹雪。

どうか君の可愛い歓声が、遠くの空へと届きますように。


例え貴女が居なくとも。今この瞬間とき、僕は確かに幸せ感じてる。

哀しいけれど、ありがとう。


「愛しているよ、心から」

「わたし、パパもママもだーいすき!」


強く、強く君を抱きしめる。

僕の心に在る貴女の幻影おもいでとともに。


あぁ、どうか。

僕の頬をつたうこのしずくが、君に見つからないように。

もう少しだけ、このままで。

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