第7話 銀の贈り物【天使の気持ち】

ある日の帰り道、高校の先輩が私を家まで送ってくれた。そこをお父さんに見られてしまい、顔を合わせるのが気まずくなる。

それから私はお父さんを避けるようになった。


そして私の誕生日。

お父さんが夕食を誘いに来た。


「夕飯は」

「いらない」


そっけない返事にも、お父さんは怒らない。

どうして? 態度が悪いって怒鳴りつけたって良いのに。

そしたら私だってお父さんを嫌いになれるかもしれないのに。

これじゃあ、私だけが嫌われる。

嫌われなくちゃいけないのに、嫌われたくない。

自分の気持ちが分からない。


「ケーキを買ってきたんだ。庭で、一緒に食べないか」


久しぶりに聴くお父さんの声はどこか淋し気で、心臓をぎゅっと握られたような気分になった。


「……うん、食べる」


迷った挙句に絞り出した声は、情けなくなるくらい小さかった。


「そうか。下で待っているよ」


ほっとした声で、お父さんが階下へ降りていく。

悲しませてごめんなさい。でも。

親戚のお節介な伯母おばさんの声が頭に響く。


『あなたのお父さんももういいおとしでしょ。新しいお相手を見つけるべきだと思うのよ』

『こぶ付きじゃ難しかったかもしれないけれど、あなたももうそろそろ大人だし』

『あなただって、お父さんが不幸なままなんて悲しいでしょ』


叩きつけられた言葉には、気持ちの悪い塊がべったりとまとわりついていて。触れたとたんになまりのような液体の中へと引きずり込まれた。


お父さんは私のせいで不幸だって言うの?

私が居なければお父さんは幸せなの?


そんなことない。

お父さんはいつも私が大好きだって言ってくれる。

私がお父さんの幸せの証なんだって。


でも、と頭のすみで小さく声がする。

お父さんはお母さん以外の女性ひとを好きになったこと、本当になかったのかな。


不安が心をじわりと追い詰める。

もし私が居なければ。


そんな気持ちを見透かすように、お父さんが私にくれた贈り物プレゼント


「それはね、昔お母さんと一緒に考えた贈り物なんだよ。18歳の誕生日には君の幸せを願って、銀のアクセサリーを贈ろうって」


私の不安を、お父さんは綺麗に溶かしてくれる。

お父さんが私から目を逸らして空を見上げるとき、それは照れてる時なんだ。


「避けてたこと、怒ってないの?」

「それはちょっと反省して? すごく、淋しかったから」


笑って返す言葉の奥に本音が少し透けて見えて、私は堪らず言葉に詰まる。


「ごめんなさい」


今度は素直に言葉にできた。

お父さんは、どうして私のことが全部わかってしまうのだろう。

私が一番必要としている時に、欲しいと思っている言葉をくれる。


「僕は不器用な人間だから。君とお母さん以外の女性ひとを愛する自信なんてないんだ。だから何も不安に思うことなどないよ。きっといつか、君にもそんな風に想える相手が現れるだろう。その時まで、君の不安は僕が預かるから。君には笑って生きてほしい」


私の涙はお父さんの胸へと吸い込まれて消えていく。

お父さん、私もお父さんにずっと笑っていてほしいんだよ。

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