第6話 銀の贈り物

君は高校へと通い始め、いつしか僕は『パパ』から『お父さん』になっていて。

話をすることも、顔を合わせることすら少なくなって。

本当は君の自立という名の成長を、喜ばなければならないけれど。

ほんの少し、でも消し去ることなどできない淋しさが僕の心に居座っている。


ある日、家の前で君が男の子と一緒のところに居合わせた。

しまったと思った時にはもう遅く、それから君は殊更に僕を避けるようになった。

親戚からの煩わしい連絡も近頃頻繁で、何だか少し疲れてしまった。

けれど遠い昔の約束が僕の心をそっと奮い立たせてくれる。

用意した小箱を見つめて願いを込める。君は、喜んでくれるだろうか。


君の誕生日がやってきた。

君が好きなケーキ屋さんで小さなホールケーキを一つ頼み、夕食へ誘う。

案の定、色よい返事はなかったけれど。ケーキだけでもと半ば強引に君を部屋から連れ出した。


庭に小さなテーブルと椅子を用意して。グラスにラムネを注ぎ、ケーキにそっと蝋燭ろうそく灯す。

風に舞う薄桃色の花弁はなびらが、ひらひらと華やぎを添えてくれた。

歌えない僕は、オルゴールのメロディーに想いを乗せて。


「誕生日、おめでとう」


君が蝋燭ろうそくを吹き消した。

僕は明かりを灯してプレゼントを渡す。

すると君は躊躇ためらいがちに口を開く。


「……ありがとう。開けても、良い?」

「あぁ。もちろん」


18歳の誕生日。

僕が選んだそれは、銀のネックレス。てんとう虫の刻印が入った香水瓶の付いたもの。


「それはね、昔お母さんと一緒に考えた贈り物なんだよ」

「お母さんと?」

「そう。18歳の誕生日には君の幸せを願って、銀のアクセサリーを贈ろうって」

「……」


改めて言葉にすると恥ずかしく。つい視線を逸らして星を見る。

もう一つのおまじないは、その時がくるまで大事に仕舞っておこう。


「お父さん、怒ってないの?」


しばらく続いた沈黙は、君の声で破られた。


「僕が怒らなきゃいけないようなことをしたの?」

「そうじゃ、ないけど。でも、お父さんのこと避けてたし」


そっと君の表情かお見ると、後悔の色が滲んでいた。

少しだけほっとする。


「うん。それはちょっと反省して? すごく、淋しかったから」

「……」


君の瞳が揺れる。僕は慌てて言葉を繋いだ。


「冗談だよ。淋しかったのは本当だけど、君が気にする必要は」

「ごめんなさい」


僕の言葉を遮るように、君は強い眼差しを僕へと向けた。


「分かってたの。お父さんが私のことを一番大事に考えてくれてるって。でも私、一人で勝手に不安になって、逃げていたの」

「……伯母おばさん達に、何か言われた?」


躊躇いつつも、こくりと頷く君の手をしっかりと握る。溜息を漏らさないように、きつく目を閉じた。深呼吸を繰り返す。

親戚おばからの連絡は、僕の再婚を促すものばかり。いくら断っても、見合いだ何だとそればかり。きっと君からも勧めろだとか、君ももう大人になったのだからとか、余計なことを吹き込まれたのだろう。

沸々ふつふつと湧いてくる黒い感情を、何とか押しとどめる。

今向き合うべきはそんなことじゃない。


「でも違うの。お父さんのことを信じ切れない自分が嫌だったの。もしも、お父さんがお母さんじゃない人を選ぶ時が来たらって考えたら、私」

「もういい。もう、いいよ。言わなくて。大丈夫」


僕は堪らず立ち上がり、君を抱き寄せた。

小さく震える肩を抱え、頭を撫でて落ち着かせる。


「ごめんなさい、お父さん」


やがて、君が小さく呟いた。


「謝ることはないさ」


君は成長してとてもしっかりしてきたけれど。それでも僕は君の父親だから。苦しいとき、不安な時にはちゃんと頼って欲しいと思ってる。

君の髪を優しく撫でながら言葉を続けた。


「僕は不器用な人間で、君とお母さん以外の女性ひとを愛する自信なんてないんだ。だから何も不安に思うことなどないよ。きっといつか、君にもそんな風に想える相手が現れるだろう。その時まで、不安は僕が預かるから。君には笑って生きていてほしい」


君が幸せであるように。

君への愛が伝わるように。

僕はいつだってそばに居る。

そんな想いを腕に込めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る