第15話 安らかなる母、尼に亜ぐ
「そんなことがあった…というか、何だか信じられないような、話すねえ。なあ、おい」
とマキスが言った。僕もにわかには信じられなかった。
「それで? その後どうなったんすか。あなたも、お役御免、ってとこですか」
「私は……、いいんです。ただ、当麻さんがあんなことになってしまって。一度、私の派遣元といいますか、所属している就労支援事業所に来られたことがありました。ひどく痩せておられて、ろくに睡眠も取られていないようでした。
酒で、明け方に何とか起きることはできていると。会計事務所の勤務も続けていると……。そのために目覚ましとか、いろんな努力をしているといっていました。大変そうでした。」
「目覚ましとか、ですか?」
「時々売ってますよねえ。ものすごい音がするやつとか。死んだ人でも眠りに就くとか。そういう、あれですか、いや、これは流石に失礼でしたね」
「そこも詳しくは話してはくださいませんでしたけれど。『話したら、ばれたら、部屋を追い出されそうだ』と言うようなことをおっしゃっていましたね。」
「部屋を追い出される……」
「どうした。あの、家賃取立ての件と何か関係が、あるのか?」
「……」
僕は何も答えなかった。
「何だよ、おい、勿体ぶるなよ。名探偵!」
「今一つの真実と事実が、揺れました。」
「何だそれ。決め台詞か?」
「マキスさん。後は、いちばん大きな謎だけです。当麻さんは、なぜ、亡くなったのか。」
「ほう。お前さんの、お手並みを、見せてもらおうじゃないか。あの『千円札大遺産事件』を解決に導いた名探偵の推理をな」
「ああ……ありましたね、そんなことも。それより、今は、これです。当麻さんの死因。」
僕はその場で、副所長にすぐにコンタクトを取った。
「海百合さん、当麻さんの詳しい死因の情報、入りましたか? 赤木先生からは?」
「ああ、お疲れ様。そっちはどう? ああ、うん。 じゃあ、順調といえば順調なんだね。 死因なんだけど、それが……よくわからなくて」
海百合は、ある薬物が検出されたといい、その成分を言った。
「え……? ムヒとか、そういうものとは、全然違う……? はい。 はい。 わかりました。ええ。わかりました」
通話を終えた。
「なるほど……」
「おい。おい。何一人で、得心してんだよ。え?こら 俺にもちょっとは情報回せ。つまんねえだろ。おい!」
「事実は一つです。マキスさん。検出された薬物は、確かに虫刺されの薬でした。」
「おい。ちゃんと言えって。何だよ。」
「少しは、勿体ぶらせてください。マキスさん、ヒントは、蜂です。」
「どう言うことだ。」
「子供の頃、蜂に刺されたら、どうしろって言われてました?」
マキスはやや考え込んだ。
「蜂……。アナフィラキシー……? 違うよな。 待てよ。子供の頃か。待て、見えてきた……。おしっこをかけなさい、とかな」
「さすが探偵マキス。」
「あれか。」
「はい。あれです」
「ある種のスポーツ、それも格闘技ではよく使用されるものだ。虫とは関係なく、な。成る程。入手は、非常に容易だ。」
「マキス、それを入手するのに資格や免許は必要?」
「意外なことに全く必要ない。その辺の薬局で扱ってるかは微妙だが、数百円で購入できる。」
「そんなものなの? それは知らなかった」
僕とマキスはそれについて、彩華に情報を与えた。すると、こんなことを彼女は言うのだった。
「思い出したことがあります」、と。
「あれは、私が障害者支援事業所に通っていた時のことでした。当麻さんが、いつもはほとんど参加しない、ちょっとした事業所のイベントに参加したことがあったんです。それは、『自分に力を与えてくれるもの』とか、『自分を助けてくれるもの』のようなことをテーマに、詞とか、ちょっとした文章、好きな文章を作ったり、紹介して発表するような場でした。」
「それが、どうかしたんですか。何か、関係が?」
「「安らかなる母、尼に亜ぐ」。そういうものと」
マキスは言った。
「それを、当麻が発表していたんですか」
「そうです。私は、母とか言うから、当麻さんのお母様がいつも励ましてくれるとか、そういう意味なのかなくらいにしか思っていなかった……」
「マキス、それをもっと早く知っていたら、もっと速く答えに辿り着けていただろうね」
「……まあな。」
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第16話 CASE 前・後編 へ続く
令和3年11月28日 21時配信
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