第16話 CASE 前編
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俺は多くの人を棄ててきた、俺が行ったら、彼らの苦痛は増すばかりではないか。貴方は俺を難破人の仲間から選んで下さる。取り残された人々は俺の友ではないか。
彼らを救い給え。
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「ご足労いただき、恐れ入ります。」
海百合はそう切り出す。
「こちらへどうぞ」と、依頼者である島田を事務所の奥の部屋の、椅子に座るよう促した。
「では、ご依頼の件の調査が完了いたしましたので本日この場でご報告させていただきます」
「探偵の香具村でございます。私の方から、ご説明させていただきます。」
「それで、結局、どうだったのですか……」
島田は、緊張を隠せない面持ちで、いる。
「では報告させていただきます。まず彼の死の原因は、これだったのです」
香具村はケースから、封の切っていない封筒……、ヨドバシカメラとロゴの入っている封筒を取り出し、、うやうやしく開いてみせた。
小物……。それは、青いラベルが貼られている、小瓶だった。
それを、香具村は島田の前に静かに置いた。
「ご覧ください」
島田はそれに顔を近づけて、見た。そして、言った。
「何ですか?薬品……化粧品ですか」
「これこそが、当麻氏の死因だったのです。医学的な点からの……。よくご覧ください」
島田は、そのプラスチック製の小瓶を手に取り、ラベルを見た。
「……アンモニア?」
「正確には、アンモニア水。アンモニアの水溶液です」
「何ですか、これは……。これが、使われたということですか。いや、私もこういった方面には疎いのでよくわからないが……。死因は虫刺され薬というように聞いているが、これとなんの関係が?」
「はい。確かに、一般的には虫刺されの薬というと、塗り薬のようなものを連想されるでしょう。しかしよく見てください。ここに、書かれています。効能・効用……、虫さされ、虫さされによるかゆみ」
「はあ……たしかに、ありますな」
「たしかに、このアンモニア水は、ここに明記されておりますとおり、虫に刺された時の薬として、有用なのです。しかし、問題はそこではないのです」
「と言いますと?」
「効能・効用の欄に、もう一つ書いてあります。」
そこにはこうあった。「気付け」
「気付け……!?」
「はい。気付け、気付け薬とは、よく聞く言葉ではありますが、実際に使用する人は非常に珍しいでしょう。非常に瞬間的に覚醒する作用……とは言っても、実際に効果があるのは、それを吸引している間のみですから、吸引して、その効果が何分も続く、ということはありません。」
「それは、違法な薬物じゃないんですか?」
「とんでもありません。パワーリフティングや、サッカー、ボクシングの試合でもよく使われているようです。オリンピックやワールドカップのような厳格な薬物の検査が行われる競技でも、使用が認められているほどです」
「では、気休め程度ということですか……」
「ちょっと、嗅いでみますか?」
「アンモニアというと……臭いんじゃないのかね?」
「後に残るようなことはございません。お顔を、どうぞこちらへ」
島田が訝しげな表情で顔を近づけたので、嗅がせてやった。
「あっ!」
叫び、島田はまさに体を大きくのけぞらせた。
「これ!う……!」
島田は大きく目を見開き、驚きの表情と、反応。
香具村は、言う。「島田様」。
「目は、覚めましたか?」
「何だねこれは! こんなものが!? 売られているんですか!?」
「ええ。だから、気付薬なんです。」
「とんでもないものだ! 臭いなんて……ものじゃあない。 鼻から、頭を、殴られたようだ……!」
「その通りです。この様に精製されたアンモニアは、一般的に連想される匂いなど、ないのです。しかしあまりにも、その刺激は強力です。ですから、気付薬なのです」
「これはひどい……。 ど、毒そのものじゃないですか。こんなものを飲まさたら、それは、死んでしまうでしょう? つまり、殺されたと——!?」
香具村がかぶりを振る。
「そうではないのです。島田様」
「当麻氏は生前、ひどい不眠で苦しんでおられた。眠ることが辛い、ということは、起きることも辛い、ということでしょう。」
「そ…そうでしょうな」
「当麻氏の自宅の近辺の方から話を伺いました。以前から、朝方になると異様な音がしていたそうです」
「何ですか?」
「それが、緊急地震速報の音だというのです。毎日、決まった時間に、聞こえたそうです」
「緊急地震速報——? あの音ですか?テレビで時々耳にしますが」
「どう思われますか?」
「心臓に、悪い音ですな」
まさか、と島田は言った。
「あの音を、目覚ましに使っていたとでも言うんじゃないでしょうね」
「それが、その通りなのです。あれを、大音量で流して、起きない人はおそらくいないでしょう」
「馬鹿馬鹿しい。そんなことをしていたら、近所迷惑になるでしょう?」
「おっしゃる通りです。なっていたようです。現に両隣の住人からそのような話も聞いています。マンションの管理会社にも確認しました。住人からの苦情があったようです。直接彼の部屋を管理会社の社員が訪れていました。騒音について再三注意があったとのことです。あんな音を、毎日聞かされていては、近所の住人もたまらないでしょう。
つまり、当麻氏は日常的にこの薬品を、目覚ましとして使っていた、使わざるを得なかった。そういうことなんです。」
「しかし、どうしてまた。うちは……ひまわりという制度があるので。障害者のために配慮はしているはずなのに」
「わかってねぇな、オッサン」
扉を開けて、入ってきたものがいる。
「てめえも男なら、わからねえか?」
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