第14話 RAISE

「待ちなさい」


「え?」


 そんなに広くはない、相談室とでも言うような部屋に、静かに、そして強い声がはっきりと、満ちた。


「な……、何ですか、どうかしましたか」

 人事部長の島田は、激しく狼狽したように見えた。「待ちなさい」?今の言葉はどこから聞こえたものだろう?それは、はっきりしている。彼女。障害者担当の彩華氏の口から発せられた声だ。言葉だ。間違いない。俺も、驚いた。


 彩華は部長の顔をきっと見た。苦笑とか、たじろぎとか、そんな曖昧さも、怒りも含めて、ただ真剣さだけが満ちた表情だった。

「あなた、何を学んだつもりなの?」

「わ、私に言ってるのか」

「はい。私が、島田様。あなたに質問させていただいています。お答えください。あなたは、何を学んだ上で、当麻様を叱責なさっておられるのですか。」

「学んだというか……いや……」

 苦笑い。


ひまわり、、、、。私たちは、人間です。花ではありません。」

「あなた、私だって、研修を受けている……講習をだな……」

「自分で 生きて 考えて 働いて 生きる! 人間だ!」

 ひまわりなんかじゃない……!そう、彼女ははっきりと言った。


「当麻さん」

 俺の方を向いて、しっかりと目を合わせる。俺も、それから、離さない。

 「謝らないでください。あなたは、何一つ、謝ることはありません」と言い、そして、「それは私が、知っていますから」と、続けた。そこには、ほんのわずかな躊躇も、遠慮も忖度も感じられない彼女がいた。


「あなたたちは、文字で。人から聞いて。当事者のふりをしているだけにすぎない。私たちに、あなたたちから何を教わることがあるというの? 夜に、冷蔵庫の横で、膝を抱えて、ひとりで声を殺して涙を流しながら、朝が来る時間を過ごしたことが、あるというの?」

「……」

「その経験すらない人に、私たちが生きている、この苦しさを、云々される覚えはありません!」

「な、なんてことを言うんだ……! 彩華さん。あんた、どっちの味方なんだ」

「当麻様には、謝れと言われる、筋合いは、ありません。私たちは、少なくとも当麻さんはあなた方に育成され、飼育され、栽培され、培養され、保護され、管理されるために仕事をしているわけではありません。」


 そして言った。私たちは花じゃない!


「なるほど人間も花や動物だと考えてしまえば、楽なものなのでしょうね。話すことも聴くことも叶わぬ植物。言葉を解さぬ動物。ぱんだでしょうか。きりんでしょうか? 島田様。あなたの目には、この方が何に、お見えになりますか」

「いや……」

「あなたには、この方がひまわりに見えるの? 花に見えるというの? 人間じゃない! 他に、何だっていうの!? 太陽に向かって咲くだけの、ひまわりなんかじゃない! 人間だ! こんなに苦労してまで、生きようとしている人間じゃないか!」

 「か、帰ってくれ」島田が掠れたような声を絞り出す。「今日は帰ってください。

「わかりました。よろしく、お願いいたします」

 深く彩華は頭を下げ、部屋を出て行った。

「……当麻くん。」

「はい」

「今日は帰れ。……また連絡しますから」

「そう仰るなら」


 当麻と島田は、そして、当麻と彩華は、もう二度と出会うことは、なかった。


 


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