第9話 A-side >SUN

「……今月いっぱいで退所って、どういうことですか」

 上司に呼び出された俺は、怒るより耳を疑った。本当に何を言っているのかわからず心を疑った。

「これはね、あなたのことを思って言ってるんですよ」

「ちょっと、ちゃんと言ってください。解雇の理由は何ですか」

「解雇ではありません、あなたの心のことを思って言ってるんです」

「俺はこれまで仕事をしてきた。ちゃんと休養もさせてもらったし、これからはもっと頑張れますよ!」

「大丈夫、頑張らなくてもいいんです。心を休めることが大事ですよ」

「俺を、切るつもりか」

「そんなこと言わないでください。無理しないで」

「自分のやれることをやれないほうが無理だ! だいたい、休むよう会社として指示をしたのは会社じゃないか!」

 当たり前だろう。

「……俺を、見くびるなよ。士業の繋がりは広いんだ。こんな退職勧告は、事実上の解雇だ。あんたも、士業の事務所にいて人事の仕事をしていて、労働法上、こんな話が通るなんて、思ってないだろう」

「まあ、落ち着きなさい」

「これが落ち着けるか!」

「うん、それはね、あなたのことを思ってのことだから。それでね、会社として、提案があります。」

「何を……」

「あなたの病気のことを考えて、時短としてなら残っていいんですよ」

「時短!?」

 提案の話が見えない。

「そう。その方が、いいでしょう。診断書を見ました。障害者なんだから、無理をしないのが、いちばんです」


 話が見えない。そんな、かんたんに俺は障害者と呼ばれなければいけないのか。


「配置は?」

「それは、一旦、一線でやってもらうより、一度リハビリじゃないけど、簡単なところからやっていきましょう。ひまわりさんと一緒に」


「ヒマワリサン?」

 何だそれは。

「うん。ひまわり部があるから、一旦、そこでね」


 俺はよくわからぬまま、ある男と引き合わされた。

「ひまわりの伊東です。よろしくお願いします!」

 笑顔。どこかで見たような笑顔。

 張り付いた笑顔というのだろうか。

 宗教の新聞にあるような、みんな同じ表情の作り笑いの、その一人を持ってきたような、笑顔。だが、笑顔だが、目が全く笑っていないのである。

「誰ですか、あんた。そもそもヒマワリが、なんだっていうんだ? 一体、なんの話なんだ?」

「はい。すぐやる課って、わかりますか」

「はあ? 松本清マツモトキヨシのことだろう」

「……、へえ!よく知ってますね」

 目を丸くして、そいつはたいそう感心そうな顔をして、そう言った。

「知ってますねって……」

 こちらはこいつの部署も、こいつのことも何も知らないのに、『よく知ってますね』という言葉が猛烈に不愉快だった。

「そう、マツモトキヨシで有名な、松本清です。千葉県の千葉市で市長をやっていた人ですね。松本清が市長をやっていた時、彼が作ったのが、『すぐやる課』でした」

 松戸市じゃなかったか?

「私たちは一言で言えばその『すぐやる課』なんです。何か言われたら、先延ばしにせず、すぐやる!皆に感謝されるように!笑顔をふりまく!私たちがひまわりとして、この会社全体をひまわりにしていくんです!なんて素晴らしいことでしょう!社内のどんな部署の要望にも対応できる部署を目指してるんです」


 こいつのこの笑顔だけはクソ気持ちが悪い。


 こうして俺は「当麻公認会計士」から、ひまわりさんになった。





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