第8話 B-side

「初めまして、彩華と申します」とその女性は名刺を差し出した。「よろしくお願いいたします」

「探偵のマキスです、ども」

「あ、同じく探偵の香具村です」

「本日はお時間を頂戴いたしまして、本当にありがとうございます。わたくしは、わたくしがこれまで経験した就業経験、就労経験を活かし、ぜひ御社に貢献させていただきたく、思っております。何卒どうぞよろしくお願いいたします。」

「は?」マキスが言った。香具村は慌ててマキスの口を塞いだ。しっ。

「ご丁寧に痛み入ります。早速ですが、お亡くなりになられた当麻さんについてお伺いしたいことがございまして、参りました」

 ここは障害者に仕事を斡旋する施設のようだった。

「あの、」マキスが口を開く。

「あなたはここの従業員の方?」

「はい。障害者就労移行支援事業所で障害者定着支援員で障害者就労移行支援障害者定着支援を行わせていただいております。よろしくお願い申し上げます。」

 マキスが言った。「えっとすみません。もう一度いいですか?」

「はい、障害者就労移行支援事業所で、障害者就労移行支援及び障害者定着支援員をさせていただいております。よろしくお願いいたします。」

 香久村が言った。「あの、すみません。もう一度お願いできますか?」

「はい。障害者就労移行支援事業所で障害者定着支援員として障害者就労移行支援及び諸0うがい者定着支援員をさせていただいております。よろしくお願いいたします」

 二人は顔を見合わせた。「おい、よろしくお願い、何回された」「4回です」

 お前さん行け、と言うので、香具村が尋ねる。

「あの、障害者の方を、つまり、どうする場所なのですか?」

「はい。申し訳ございません。私の説明が不足しておりましたことをまずはお詫び申し上げます。改めて説明させていただきますので、よろしくお願いいたします。各企業様には障害者差別解消法という法律がありまして、全従業員数の…「ちょっと、ちょっと待ってもらっていいかな、企業様って、何なんすか」

「ええと、企業…様に対しての敬語と言いますか」

「流行ってるんですか、そういうの。」

「あの、ええと、すみません、勉強不足で、申し訳ございません。そのように教わっておりました。たいへん申し訳ございませんでした。よろしくお願いいたします。」

「あの、すみません、教わる?教わったというのは?」

 香具村が聞く。

「はい。弊所の就労移行支援担当の者にです。私も以前、ここを利用していたんです」

 香久村にはヘイショという言葉の意味がわからなかった。マキスが聞く。

「あなた、障害者の支援とか、仕事の斡旋とか、やってらっしゃるんじゃないんですか?」

「はい。私はそのサービスを受けながら、自分もこの職を努めてみたい、そう、感じたのです。」

「それはわたしは素晴らしい事だと思います。ご立派ですね!」

「障害者が障害者を指導するとか、なんだか…おかしな話すね」

 とマキスがほのかに眉を顰めて言った。香具村はマキスの、そのまま気持ちが表情に出るところがわりと好感を持てるところだと思っていた。

「あ、ありがとうございます。私も当事者として、社会に貢献していきたい、そう思い至った次第でございます」


マキスは思った。面接官の気持ちを。


「でなんですけど、亡くなられた当麻さんのことは、ご存知だった訳ですね。どんな方でした? 率直に言って」

「はい。とても残念なことで、ご冥福をお祈りいたします。そうですね。簡潔に申し上げるなら、これから一つ一つ、お仕事を、積み重ねていけば、と思っていたところで、担当をさせていただいていた私も、とても残念に思います」

「あの、会計関係の事務所か何か、でしたっけ?」とマキスが効く。

「はい。」

「その、仕事関係の悩みとか、ほら、人間関係だとか、そう言うことも、あなたに話したりって言うことも、あったんすか」

「はい。月に一度、企業様の方と、当麻様と、私で席を交え、面談をすることはありました。確かに、仕事で悩んでいるというお話は聞いておりました。」


 コーヒーを飲んでいたのを一度おき、香具村が尋ねる。

「仕事がうまくいかない、ということでしょうか。」

「馴染めない、と言いますか、したくない、ということでした」

「ちなみにどんなお仕事を、してた風でしたか。その、当麻さんですか」

「企業様から聞くと、主に事務の補助をしていたと聞いております。」

「どんなですか」

「ヤマトのラベルを貼ったり、その事務所にある名刺を管理して、年賀状を書く作業とのことです」

 香具村がきく。

「いわゆる軽作業ということなのですね」

「会計事務所って言うから、税理士業務なんか想像してたんすけどね、そういう訳でもないんですかね。いえね、こう言った界隈のことは、知らないんですけど」

「税理士とはまた別だと思うのですが、公認会計士の検定は合格したことがあるということは聞いておりましたが、仕事は、投げ出すこともあったようですね」

「は?」

 香具村とマキスは同時に声を上げた。

「公認会計士っておっしゃいました?」

「公認会計士?」

「はい、」と彩華は言った。

「誰がですか?」

「はい。亡くなられた当麻さんです。」

「あの、すみません」

 香具村が真剣な表情で聞く。

「亡くなられた当麻さんが公認会計士だったんですか?」

「はい。当麻さんは公認会計士の検定を持ってらっしゃると伺ったことがあります」

「ちょっと、あの、話が見えないんだけどさ、公認会計士が、会計事務所にいて年賀状を作ったり、ラベル貼りをするっていうのは、よくあることなんすか」

 香具村もそう思った。

「業界というか、そういうこともあるんですか?」

「はい、私たちにとっては、それはあまり……、考えたことはなかったのですが、何か、ご不明な点などございましたらお答えいたしますが……」

「……」

 香具村もマキスも沈黙してしまった。


「彩華さん、公認会計士の資格をお持ちの当麻さん、というか当麻先生は、会計や税務の仕事を望んでおられなかったのでしょうか。公認会計士は日本の資格では新司法試験と同じか、それ以上といわれる超難関資格です。何か特別な事情があったのですか?」

「……あまり考えたことはなかったのですが、そう言われると……」

「考えたことはなかったって……」

「事情と言えば、私たちは障害があることが、特別と言えば、特別なので……。私たちのような者がお仕事をさせてもらえるだけ、企業様には感謝しなければいけないということだけは、ありがたく思うべきだということは、教えています」











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