第7話 A-side
俺は、医者に言われたことを素直に上司に話してみた。自分で何かを申し出るより、判断を任せた方がいいと思った。自分から休ませてくれとか、どうとか言うより会社なら会社に判断したほうがいいと思ったからだ。会社の指示なら、俺はそれに従っただけという
最悪、首を切られたとしても、俺はどこでもやっていけるし、これまでもやってきた。
立場が上の者に、時間を作ってもらって話してみた。すると「あなたは社に必要な人です。変な話、これからも貢献していただきたい。仮に3年、5年、もっととか、そういう期間これからもお願いしたいと私も、社も思っている。それは本当です。休職するくらいのことなんて、珍しい話じゃない。3年とか5年というこれからの期間を考えたら、2週間なんて、一瞬ですよ。それくらいのことで、あなたという人材を失ってしまうことは、社にとって、はかり知れない損失です。ゆっくり静養してください」と、言われた。
さすがにありがたかった。
俺もそれなりに努力してきたつもりだったし、それを、認めていますと。必要ですと。
2週間。
療養したところは、都内でも有名な病院で、見た目の印象も良かったし、精神系の病院なのでかなり警戒したところはあったものの、実際はとても過ごしやすかった。
病院の外に出るな、と言うこともなかったし、自由に買い物もできた。別に、所持品検査を受けるわけでもないし、はっきり言えば、よほどおかしなことでない限り、好きなことができたのだ。本を読む、外でジョギングする、さすがにちょっと映画館で映画観てきます、ということは難しかったが、それも主治医に頼めば長めの「外出」とか、「一時帰宅(病院では『外泊』と呼んでいたが、そもそも自分の家に帰るのだから、違和感はなくはなかった)」も、差し支えがなければ認められた。
時には入院患者同士で話をしたり、お互いの身の内を、さぐりさぐりで打ち明け合ったりもした。親しくなった人もいて、俺は思った。これはいい気分転換になったものだなあ。
もちろん、入院中は規則は厳しいところがあったけれど、たまたま主治医が、「これ試してみませんか?」と提案してくれたラツーダという薬が、信じられないほど効果があって、信じられないくらい、俺の睡眠は劇的に改善された。もう、ドンピシャという言葉がふさわしいほど、いい薬のチョイスだったのだ。
9時消灯。さすがにここで眠れるわけがないのだが、それでも午後11時くらいにはうつらうつらしてくる。0時を回る頃に起きていたことはなかったし、6時には自然と目が覚める。退院前くらいになると、もうそんな感じだった。
全力で動いていた療養前は、食うや食わず、そして、というか、それどころか、というか、寝るも寝ないもなかった。本当になかったのである。たまにオフの日は、9時消灯どころか朝の9時に眠って夜の11時に起きる。夜の楽しさと、朝の恐怖は、経験しなければわかるまい。
今思えば、本当に俺は病んでいたのだ。
病棟での生活と、それまでの生活を比較すると、それを痛感する。
でも、それは見事改善された。
見事、完璧な状態に回復し、新しいスタートを切ってやろうじゃないか。
予定の復職日、それを伝えるのが楽しみでならなくて、励ましてくれた上席も、いつもは苦しいだけだったが、の先輩に会うのも楽しみだ。
そして復職の日。久しぶりの通勤。新鮮だとか楽しいだとかは思わないが、それに耐えられる内の強さをみなぎっているのを感じ、出勤して言われた言葉が、「来月から来なくていい」。
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