第2話 B-side

 都内のビルにある一室。

 ざんざんと輝く太陽は、まだ天高くは昇っていない。

 その部屋の中で、海百合ウミユリは腕を組んで立っていた。

「う〜〜ん」

 彼女が副長を務める探偵事務所ではあるが、午前中に事務所を訪れるのは、珍しいことだった。

 事務所の中を見続けては、しきりに唸り、ため息をついているのである。

「やっぱり、だめだな……」

 彼女は携帯端末を取り出すと、メッセージアプリを起動した。

 宛先は香具村カグムラとある。彼女の部下である。


//悪い 今日の案件は私が引き受けるから、君は全力で事務所片付け頼む ///


 相談の案件があったのだが、お客様を事務所に呼んでいいものか考えていたのだった。ここしばらく、事務所で寝泊まりすることが多かったので、あまり良い環境ではなかったのだった。

 こんな時の部下頼み。海百合は片付けというものについては全くといっていいほど無能である。結局、1週間ほど前に相談の依頼をくれた男性には、近くの喫茶店を案内するように連絡をした。香具村はメッセージを読んだ形跡もない。普段寝ているであろう時間だから、無理もない。


 事務所の掃除は香具村に任せることにして、さっさと準備をして、昼前には事務所を後にすることにする。ラーメンを食べて、喫茶店に行こう。時間は十分ある。


 いつ顔を最後に見たのかも定かではない所長からの連絡では、

自殺に関する相談、とのことらしかった。

 人の死が絡む案件もないことはないが、多くはない。

 多くはないし、警察ではないので、定期的に舞い込むようなものではない。俗に言う「探偵なんて、浮気調査か、逃げたペットの捜索ばかり」というのは、その通りなのである。とはいえ、浮気や不倫の調査などは訴訟を前提とするケースが多いし、離婚に発展すれば財産分与の問題にもなる。そのために事務所では行政書士や弁護士といった法律家と提携することも少なくないし、数十万円かかる調査費用を惜しまない依頼者は多いのだ。

 部下の香具村は、副所長の海百合としても、探偵としてはスペシャリストと断言できるほどのスキルを持ち合わせていた。正午を過ぎてもまだ寝ているようではあるが。


 待ち合わせ場所に現れた男性は、島田しまだと名乗った。

 海百合は事務所名の入った名刺を差し出し、島田のそれと交換した。

 島田は頭髪がなかったが、全然不自然には見えないし、穏やかな目をした男性で、50代半ばくらいに見える。病的な感じもしないし、似合っている、という印象を海百合は持った。

 

 名刺を見る。

「あ、これは税理士先生でいらっしゃるのですね?」

「はい。企業様のコンサルなどをさせていただいている事務所です」

 税務関係では大手の企業である。海百合も名前はよく耳にすることがあるほど。人事部部長、という肩書きである。

「では、早速ですがお話をお伺いしてもよろしいでしょうか」

 と海百合は切り出した。

「行政書士の赤木先生からはお知り合いがお亡くなりになられた件について……とお伺いしておりました」


「はい。実は、私の部下だった男のことについてなのですが……」

「……他界されたと」

「……ええ。すみません、こういった話を、相談させていただくのは初めてでして、どのようにお話したらいいものか……」

 島田は苦笑しつつ話し始めた。海百合は優しく言う。

「構いませんよ。どのようなお話でもまずはお伺いさせていただいて、判断させていただきますから、どうぞご自分のペースで話されてください」

「ありがとうございます。その、他界した部下についてなのですが……、警察では自殺として処理されているのですが、詳しく調べていただけないかと思いまして」

「それは、たとえば、本当に自殺であるかどうかですとか、そういったことでしょうか?」

「ええ、それは、状況的には自殺であることは疑いようがないことであると。警察ではそういう見解のようでした」

「島田様は、それには納得していらっしゃらないのですか」

「いや……、自殺は自殺なんでしょう。それはそれで……納得もしています。動機のようなものも、こういうことではないか、という目処というか、だいたいのところもなんとなく、納得はできているんですよ。もともとそういう部署でもあったのです。時代の流れと言いますか……」

「よろしければその動機といいますか、動機らしきものといいますか、その辺りをお伺いしてもよろしいですか?」

 島田はコーヒーに口をつけてから言った。

「おそらくは、仕事上の悩みではないかと……」

「いろいろあると思います。過労だとか、プレッシャーだとか、言葉にできなくとも発作的に死を選んでしまうこともあるでしょうね。こういう聞き方をしてはなんですが、どのような方だったのですか?優秀な方だったのですか?」

 島田は故人に気を遣うことはせず、言った。

「仕事はぜんぜんできないやつでしたね」







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