第1話 A-side
その男は、控えめに評価したとしても、優秀な人物だといえた。
歳は30近く。仕事はよくできた。少なくとも彼はそう信じていたし、勤務する企業の部署、会計関係の部署ではそう見られていたし、いわゆる自他ともに認めるともいうべき自信を持っていた。彼の収入はそれを裏付けるものといって差し支えないものだといえた。
彼にとって仕事をすることは、苦ではなかった。
同僚を、他人を、超えよう、超える結果を出してやろう。そんな想いを彼は常に抱いていた。それは彼の成長過程の意思形成の過程にあった事柄が原因かもしれない。ほとんど誰に話すこともなかったことではあるが、彼自身はそう認識していた。
彼には生活上、抱えている悩みがあった。
通勤電車が苦手なのである。
いや、より正確にいえば朝、起きることができない。
眠ることもままならないこともあった。
はっきり言うなら、不眠症である。決まった時間に眠ることができない。ときには眠ることさえ諦めて、仕事をするのである。彼の「仕事をよくやる」という評価の裏には、そんな事情があった。もちろん、誰にでもする話ではない。
とはいえ、体力的にぎりぎり持つとしても、そんな生活が続くはずもない。眠らなければいけない時は、強い酒で無理やり眠るのである。強いアルコールを寝酒にするなど、強制的に気絶させるようなものだ。
それでも、そんな生活を続けていても、一度たりとも寝坊をすることもなければ、遅刻をすることも、なかった。
彼のややもとすると病的といえる不眠症を知っている上司や同僚もいた。彼らはその男がたいへんな無理をしているのではないかと考えることもあったが、彼が仕事に打ち込む姿を見て、やめろと言うわけにもいかなかったのである。
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