第509話 大誤さぁああんっ!!(第三者視点)

「なにぃいいいいいいっ!? 全滅、全滅だと!?」


 ひと際大きな魚人が叫んだ。


 その魚人は、太平洋のマリアナ海溝に広がる魚人モンスターたちの大国、ムー帝国の皇帝だった。


 皇帝は部下からの報告が信じられなかった。


 なぜなら、一度は海辺にいた探索者たちを全滅させたことがあったから。その時に地上の探索者の実力をある程度測っていて、魚人の兵士の方が圧倒的に強いと判断されていた。


 少なくとも日本以外の大陸において、自分たちの侵略の成功はゆるぎないはずであった。


「はいっ……軍の損耗率は九十パーセントを越えております」

「なぜだ。なぜこのような結果になった」

「はい。一番の原因は以前から我らの尖兵を追い返していた、どこからともなく現れる影のような黒い獣。こやつによるところが大きいようです」


 話には聞いていた。


 上陸するたびに我らを邪魔する存在については。しかし、海の中まで追ってくることはなく、それほど大きな被害は出ていなかったはず。


 それがどうして今のような事態になったのか、魚人モンスターの皇帝には理解できなかった。


「詳しく説明しろ」

「辛うじて生き残ってここまで戻って来た兵士によると、大陸に上陸すると、墨を濃くしたような影が獣の姿を形取り、仲間が一瞬で殺されてしまったとのこと」

「そんなバカな……」


 追い返されてはいたが、殺されることはほぼなかったはず。しかし、今回は一瞬で殺されてしまった。それはつまり、今まで相手は本気を出していなかったということだ。


 その事実に気付いた皇帝は言葉を失った。


「その獣は世界中どこの海辺にも姿があり、上陸した途端殺されてしまうようです」

「なんなんだ、そいつは。我らの兵士では敵わないモンスターがそれほど地上で繁栄しているというのか。それにもかかわらずなぜ人間は生きている。それに、モンスターであれば、我らに敵対するはずもない。そやつらはモンスターではないのか?」


 ダンジョンのモンスター同士は基本的に殺しあわない。だから、皇帝はその点が気になった。


「おそらく何者かにテイムされているか、召喚された精霊の類ではないかと思われます」

「そんな生物を無数に使役できる主がいるというのか……我らの侵略の判断は間違っていたのか……いや、そんなはずはない。人間たちを少し舐めていただけだ。ここは我自らがうって出る。十二魚将たちにも準備させろ!! 他の帝国にも四天魚王と八魚衆と共に総力戦だ」


 部下からの報告を聞けば聞くほど自分の判断が間違っていたんじゃないかという気持ちが湧いてくる。


 しかし、皇帝は王だ。自分たちの軍に絶対なる信頼を持っていた。


 特に十二魚将には。


 頭を振って不安を押し出した皇帝が部下に命令を下す。


「かしこまりました。しかし、どこから狙いますかな? わが軍のみならず、三帝国の兵の全体の損耗が激しい。絞らなければ、仕掛けるのも難しいでしょう」

「ふむ……今全体に散らばっているのなら、最初に攻め込んだ島国が手薄なのではないか?」


 部下の言い分も一理ある。皇帝はしばし思案した後、日本から侵略することを提案する。


「しかし、あそこでは謎の光によって一撃で十万もの兵を葬られました。かなり危険が伴うのではないでしょうか」

「それだけ威力のある兵器なのであれば、そうやすやすと使えないのではないか?」

「確かにその可能性は高いかもしれませんが、打てると思って動いた方がよろしいでしょう」


 何事も最悪の事態を想定しておく必要がある。楽観的に考えて挑んで、その切り札を使われて負けましたじゃ済まされない。リスクは可能な限り避けるべきだろう。


「それなら、アトランティス帝国の西部の大陸にするか、あそこが一番損耗が少なく、相手にも打撃を与えたのであろう?」


 ラックに焚きつけられた司令がいたものの、最初の印象の悪さからアメリカが一番ラックや普人たちのサポートが薄かった。


 そのせいで人類側で一番大きな被害が出ていた。


 ラックとしてはご主人様をないがしろにした国。普人としてはできるだけ被害を抑えたかったが、そのくらいの被害は当然の報いだと思っている。


 その辺りが、人間とモンスターの価値観の違いと言えるだろう。


「そうですね。それが一番よろしいかと」

「それでは、全戦力をアトランティス帝国の西側に集結させよ」

「はっ」


 弱点を狙うのは戦術の定石。


 魚人たちはアメリカ大陸東岸沖に集結し始める。


 しかし、彼らの誤算は負けたことだけでなかった。


 普人の一撃が何発でも打てること。普人達はどこにでも一瞬で移動できること。自分たちが攻めるまで普人たちが待っているという前提。


 何もかもが想定外。


 彼らは知ることになる。自分たちが何と戦おうとしていたのかを。相手が自分の埒外にある存在であるということ。


 その身を持って。

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