第434話 幕開け

 羽目を外しすぎない程度に前夜祭でバンドメンバーで決起した翌日。


 文化祭当日の朝。


「ふぅ……。ばっちりね」

「そうだね」


 俺たちは最後の朝練をしていた。

 

 リハーサルってわけじゃないけど、当日に一度くらいは音合わせが必要だということらしい。


 他にも何組かライブをするバンドがいるので、その人たちも別室で俺達同じように集まってチェックを行っていた。


 俺たちがライブで演奏するのは二曲。


 どちらも完全オリジナルで今入院している子と山城さんと田中さんの三人で作詞作曲した曲だ。


 元々は盛り上がったほうがいいから巷で話題の曲にしようという案もあったけど、せっかくの晴れ舞台だからオリジナル曲にしようという強い推薦があったことで一生懸命作ったらしい。


 俺はあまり音楽を聞かないので出来に関してはよく分からないけど、俺はアップテンポで気分が上がるような曲調で、自然とテンションが上がってしまった。


「天音ちゃんも英美里の代わりに本当にありがとね。アレクシアちゃんも佐藤君も」

「気にしなくていいわ。それに本番はまだこれからでしょ」

「ん」

「天音の言う通りだな」


 まだ始まってもいないので礼を言う山城さん。天音は若干苦笑いを浮かべた後、にっこりと笑い、俺とシアもそれに準じた。


「それもそっか。いや、そうだね」


 俺たちの言葉にちょっとテンパっていた気持ちを落ち着けて山城さんが返事をした。


「そうだ!!ちょっと円陣でも組まない?多分体育館の舞台袖でやるのも違うだろうし」

「ああ~、いいね。青春って感じがする」

「なんかおやじ臭くない?」

「えぇ~そうかなぁ?」


 天音が提案し、山城さんと田中さんが同調してキャピキャピした空間が出来上がる。俺とシアは少し離れたところで微笑ましくその様子を眺めていた。


 そういえば講堂は現在使用禁止になっているので、ライブは体育館で行われるそうだ。楽器の運び出しとかやらなければいけなかった。


「あ、ちょっと二人もちゃんと輪に入ってよね」

「分かった分かった」

「ん。仕方ない」


 しかし、俺たちが三人の輪に入ってないのに気付いた天音によって俺たちも参加させられる。


「それじゃあ、千尋が掛け声よろしくね」

「え?私?」


 俺たちは緩く円を作る形で並ぶと、天音が山城さんに促すと、彼女はきょとんとした顔で返事をする。


「真広でもいいけど?」

「いやそれは……」


 自分が指名されると思っていなかった山城さんの返事から、田中さんの方に視線を向ける天音だけど、彼女もモジモジとして恥ずかしそうだ。


「私たちはやらないわよ?このバンドのメインはあなたたち二人なんだから」


 だからと言って天音、俺、シアの誰かがやるのは、このバンドが山城さんたちのバンドである以上、天音の言う通りおかしな話だ。


「そうだね、分かった。私がやるよ」

「そうこなくっちゃ。それじゃあ、頼んだわよ」

「うん。それじゃあ皆、手を」


 天音の言葉で自分たちがやらないとおかしいということを納得した山城さんが立候補し、手を中央に差し出した。


 多分田中さんは思ったよりも積極的なタイプではないんだろうな。それを山城さんも分かっていて自分が手を挙げたんだと思う。


 俺たちは山城さんに言われたとおりに手を差し出すと、室内に一瞬の静寂訪れる。


「今日は私たちの集大成を見せるイベントです。英美里のためにも最高の演奏にしましょう!!」

『おおー!!』


 その静けさを打ち破るかのような山城さんの掛け声で、手を少しだけ沈みこませた後、空に高々と掲げて円陣をやり終えた。


 俺たちは朝の練習を終わらせた。


「かぁ~、全くお前って奴はズルいよなぁ、ホント」


 俺たちは開会式の会場でえる体育館に向かって歩く。


 朝練で女の子たちに囲まれて音合わせをしてきた俺に、アキがやってらんねぇと言わんばかりの態度で話しかけてくる。


 アキにも俺がバンドに参加することは話したんだけど、最初は興味もないと思って適当に話を聞き流していたアキが、それが女の子ばかりのバンドだと知ると、血涙を流して悔しがっていたのだ。


「そんなこと言われたって成り行きでそうなったんだから仕方ないだろ?」

「そのお前の主人公体質俺にも分けてくれよ」

「知るかよ」


 別に今でこそちゃんと自分に与えられた役割を果たしたいと思うけど、最初は無理やりだったんだからな。それを体質と言われてもどうしようもないし、どうにかできるのなら分けてやりたいものだ。


 そうすれば俺が何かに巻き込まれることは少なくなるはずだ。


「はぁ~、誰も一緒に回ってくれそうにないし、どうすっかなぁ」

「俺も回る相手はいないぞ?」

「そんなわけないだろ」

「私がいる」

「あ、はい」


 アキはいまだに文化祭デートに未練があるらしく、一緒に屋台を回ってくれる人を探しているようだけど、見つからないだろうな。


 俺もいなかったはずなのに強制的にシアと文化祭デートすることになった。


「はぁ……ほらな?」

「悪かった」


 俺たちが雑談している間に体育館にたどり着く。


「これより、文化祭を開催いたします」


 そして、俺たちの文化祭が幕を開けた。

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