第433話 転送失敗(第三者視点)

 生物の内臓や骨のようなグロテスクな物体で作られた一室。机や椅子、調度品のようなものに至るまで同様の物質で形作られていて、生きているように脈々と鼓動を繰り返している。


 突然室内に粒子が集まるように黒いもやを形成し、黒い人型へと形を変えた。


「どうしたのだ?」


 その部屋にはフードを被った男が何やら、生物の皮で作られた紙のような物に書き物をしていたが、靄が出現するなり、その存在にすぐに気づいて尋ねた。


「はい、魔王様。ようやく異世界の魔力濃度が六十%を超えました」

「おお!!それではついに我らが悲願が果たされるわけだな?」


 靄の報告にようやくその時が来たかという喜色を含んだ声色で返事をする魔王。


 それもそのはず。


 魔族である彼らにとって、荒廃し、食料もほぼ存在せず、漂う魔力だけでなんと生きていけるだけのこの世界は牢獄。異世界という魅力的な世界を手中に収めることは彼らにとっての悲願である。


 そして、魔王にとっては、これまで幾度も煮え湯を飲まされてきた普人への復讐の機会でもあった。


「はい……ただ、ここ数カ月の間得られなかった異世界の情報を手に入れるため、眷属たちを送ったのですが……」

「どうなったのだ?」


 言いよどむ黒い靄に、魔王は先を促す。


 あまり言いたくないことではあるが、問われれば答えないわけにもいかない。靄は話を続ける。


「……一瞬で壊滅しました。何の情報も得られずに」

「なんだと!?お前の眷属と言えば、中層民ほどの力はあったはずだ。サトツならまだしも他の人間にやられるとは思えないな」


 痴態を晒すのようで気が引けているが、黒い靄は正直に答えた。


 魔王はそのフードの奥に一対の赤く強い光を灯らせて信じられないという声色による返事を返す。魔王としては自身の側近の靄の眷属がそんなに簡単にやられるということが信じられなかったのである。


 黒い靄は自身に次ぐ力の持ち主。その眷属ともなれば人間などたやすく屠れるほどの力を持っている。その眷属がやられるのは相当な話だ。


「はい、そのため、すぐに侵攻するのは危険だと思い、現地の調査を行いたいのですが……」

「いや、その必要はない。我が行けば何が居ても蹴散らしてやろう」


 相手が自身の側近の眷属を倒すほどの強者であるなら他の者が出ても無意味。だからこそ魔王は自身自ら地球に行くことを決めた。


「わ、分かりました。ただ、魔王様だけを活かせるわけには参りません。部下に招集を駆けますので少々お待ちを!!」


 当然魔王だけで地球に行かせることはない。靄はすぐに部隊を集める算段を付けるための行動を起こすことにする。


「分かった。ブレキオスとあやつに任せた部隊にも声を掛けておけ」


 この時のために力を蓄えさせていた部隊も呼び寄せる。


「私以外の幹部は如何いたしますか?」

「そうだな。総力で挑むのがいいだろう。全員へ通達せよ」


 魔界には黒い靄の他にも強力な部下たちがいたが、この牢獄のような世界を闊歩する敵対生物の対処を行っていたり、自身たちの町の統治のために力を振るっていた。


 しかし、それも侵略が上手くいけば全て終わる。だからこそ総力戦で挑むのである。


「分かりました。ただし、オーバーヒートから回復したとはいえ、あまり負担もかけられません。直属の部隊のみとするのがよろしいかと」

「それもそうか。それではそのように」

「はっ」


 魔王との話を終えた靄は、すぐに各地に転移して各部隊や幹部達に声を掛け、たった数時間で端末のある部屋へと招集させた。


「魔王様、人員揃いましてございます」

「うむ。それでは行こうか」

「はい」


 準備を整えた靄は魔王を連れて端末の下へと戻った。


「魔王様、お久しゅうございます」

「ブレキオスか。この度は練兵、ご苦労であった」

「はっ。勿体なきお言葉」


 魔王が姿を現すと全員が跪き、その中でも屈強な体躯を持ち、顔が百獣の王のような造形をした人物が魔王と挨拶を交わす。


 彼は主に軍事を司り、荒廃した世界である魔界に存在する敵性生物との闘いを率いている。


「魔王様、お久しぶりです」

「ガリオン。久しいな。よくぞ民たちをまとめてくれている」

「はっ。身に余る光栄です」


 次に挨拶をするのはまるで人間だが、角をはやし、トカゲのしっぽのような器官を生やすガリオンと呼ばれる人物。人間でいえば四十台に差し掛かった程度の見た目で、モノクルをしていて知的な印象がある。


 彼は主に内政を司り、この世界に閉じ込められた魔族たちを集めた町の統治をおこなっていた。


「魔王様、ご尊顔を拝謁でき恐悦至極」

「うむ、ソラリア。息災のようだな。おぬしのおかげでなんとかこの牢獄でも生きていけている。大儀である」

「はっ。恐れ多い事でございます」


 最後に挨拶をするのは紅一点。魔女のような服装をしている人間そのものだが、下半身が蛇。通称ラミアと呼ばれるような種族に酷似している。


 彼女はその魔術によって、魔族にとっても害のある魔界の空気をなんとか生活できるレベルまで改変し、その維持に力を尽くしていた。


「お前達、よくぞ集まった!!時はきた!!ついに異世界に我らが生活できる土壌ができた。今こそ侵略の時、行くぞ!!皆の者!!」

『おおぉおおおおおおおお!!』


 魔王が声を張りあげると、配下達は声を揃えて開戦ののろしを上げた。


「ケムシン、進めよ」

「はっ」


 靄が端末をいじって魔法陣が展開する。


「それでは行ってくる。我のいない間、留守を任せたぞ?」

「はっ」


 魔王は靄に向かって別れのセリフを吐くと、魔法陣の閃光が激しくなった。転送の光だ。魔王配下の部隊が光に包まれる。


 そしてそのまま転送される……そのはずだった。


―バリバリィッ


 しかし、雷のような轟音が室内に響き渡った。


「ぐっ……」


 光が消えると同時に魔王が苦悶の声とともに膝をつく。そして、それは他の人員も同様であった。


 転送したはずの人員がそこにいる。


 それはつまり転送が失敗した証左であった。

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