第431話 リア充な練習の時間

 バンド参加することになった俺とシア。


 俺はギターをやることになった。ギターはすでに天音がやっているので、彼女に教えてもらう。シアは他の二人とキーボードの操作について教わりながら弾き始めている。彼女はピアノによる基礎があるので、問題ないだろう。


「まずはコードを覚えましょう」

「コードか。なんか聞いたことがあるな」

「そうね。これがギターの基本だからね」


 天音は慣れたように俺にギターのコードの抑え方と弾き方を教え始めた。それにしても歌声といい、ギターの教えた方といい、とても素人とは思えないほどに慣れている。


「そういえば、天音が歌もギターも上手かったけど、何かやってたのか?」

「あ、そういえば言ってなかったっけ。私のお父さんとお母さんって探索者兼アーティストなのよ。だから私も昔からそういうのに触れていたの」

「へぇ。そうだったのか。道理で上手いと思った」


 完全に言った気になっていたという表情で俺の質問に答える天音。彼女の答えに俺の疑問が氷解する。


 そういえば、確かに天音の叔父に関しては聞いていたし、実際直接会っているわけだけど、彼女の両親については聞いたことがなかった。


 アメリカに住んでいたと言っていたから外資系の企業とかにでも務めているのかと思ったけど、そうではなくて海外で活躍するアーティストだったようだ。それでいて探索者でもあると。


 科学的な根拠はないけど、一応統計学的には探索者の子供は探索者になりやすいみたいだから何もおかしくはない。


「あははっ。戦うこと以外を褒められるのは慣れてないから恥ずかしいわね」


 顔を赤らめ頬を掻いて返事をする天音。


 ぐいぐい来る時よりこういう方がぐっとくるのは俺の性癖なのだろうか。


「そんじゃあ、せっかくだから先生にみっちり教えてもらおうかな」

「先生!?ま、まぁいいわ!!厳しくいくから覚悟してよね」


 天音はまんざらでもない様子で俺にギターを教え始める。


「こうか?」

「そうそう」


 俺はネットの初心者用のサイトを見ながら、天音の見本を元に見よう見まねでコードを学んでいく。全く経験のない部類の動きになかなか手がついていかないけど、未知の技術を学ぶのはとても楽しい。しかしも美少女に教えてもらいながらというのなら尚更だ。


「このコードは?」

「こうよ」

「こうか?」

「違うわ。こうよ」


 別のコードを指さすと天音が見本として弾いてくれるので、それを真似て鳴らしてみたけどどうやら違ったらしい。


 そしたら何を思ったのか、天音は俺の背後にやってきて後ろから抱きしめるような格好で俺の手を取って指を正しい位置にもっていく。


 それは確かにありがたい話なんだけど、背中に当たるその柔らかな圧力と、顔がすぐ近くにあって彼女から漂ってくる甘いメイプルシロップのような匂いと甘酸っぱい女の子の匂いが俺の鼻腔を貫いて変な気分になる。


 そして彼女の艶っぽい唇が目の端に移り、思わずごくりと喉がなった。


「お、おい!?」

「何~?ひょっとして意識しちゃってるのぉ?」


 しかし、ハッと我に返って非難するような声色で天音を咎めると、天音は面白いものでも見つけたようないやらしい笑みを浮かべる。


「そ、そんなわけないだろ?」

「うりうりぃ」

「やめろ!!」


 俺は明らかに動揺して、声が上ずってしまった。俺の心情を読んでいるかのように、天音が俺の背中に自分のその凶悪な破壊力を持つ二つの母性の塊を押し付けてくる。


 くぅ!!天音の奴、分かってやがる……。


 振りほどきたいと思っているのに、体は正直でその甘美な感触に思ったように動かない。俺は天音による状態異常にかかってしまっていた。


「イチャイチャ禁止」

『ひぇ!?』


 しかし、その状態異常は全てを無効化する無表情、つまりシアが俺たちの感覚の隙間を縫って突然現れたことにより、天音が俺の体を離したことによって解除され、難を逃れた。


「油断も隙も無い」

「べ、別にイチャイチャなんてしてないわよ。そ、それよりアレクシアの練習はどうしたのよ」


 ジト目―とはいっても普段もそれに違いが―で天音を見つめるシア。天音が顔を真っ赤にして視線を逸らし、シアに尋ねた。


「覚えたから後はあの二人と合わせるだけ」

「へぇ。ちょっと弾いてみなさいよ」

「ん」


 流石シア。あっという間にキーボードをものしてしまったようだ。


 天は二物を与えないというけど、シアには四物か五物くらいは与えられているのではなかろうか。それに対して俺には何にもない、とは言わないけど、そこまで秀でた物はない。


 俺がいったい何をしたというのだろうか、神よ!!


「ん」


 俺が考え事をしている間にシアがキーボードの前に立ち、演奏を始める。それは今日初めてキーボードに触るものとは思えないほどに洗練された音色を奏でていた。


「へ、へぇ、やるじゃない……」

「むふー」


 一通り演奏を終えたシアに、天音は頬を引きつらせながら悔しそうに感想を述べると、シアは鼻息荒く無表情のどや顔をかました。


 それはそうと、この中で素人なの俺だけじゃね?


 俺は一人だけ危機感に冷や汗を流していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る