第347話 守護犬界《けっかい》(第三者視点)
明らかに堅気ではない人間達が、闇夜に紛れて佐藤家の近隣に集結していた。顔を覆うようなマスクをし、まるで忍者のように真黒な装束に身を包んでいる。
彼らはESJで普人が活躍を見せた際にその場に居合わせた組織の人間達であり、普人の力を我がものとせんとする者達であった。
彼らは七海を人質にすることが出来れば、普人の力を自由に使うことが出来ると考えていた。
それはあながち間違っていないのだが、それは本当に手に入れることが出来ればという話である。
「クリア」
「これより佐藤家に侵入し、ターゲットの妹である佐藤七海の確保を行う。問題ないと思うが、くれぐれもミスをすることのないように」
『はっ』
そのメンバーの一人が辺りを確認して問題ないことを確認すると、部隊全体のまとめ役らしき人物がこれから行う任務の確認をして、全員の気を引き締める。
「それでは、これより佐藤家への侵入を開始する。状況開始」
『了解』
それぞれの持ち場に着き、通信機器で作戦実行の応答を行った彼らは、まとめ役を残して、その黒い装束の通り、まるで忍者のように身軽に佐藤家の敷地内に侵入する。
しかし、彼らは気づかなかった、彼らの存在を深淵よりずっと覗いている者がいるということを。
その漆黒は音もなく、彼らの背後に忍び寄る。
「うっ……」
正面から侵入した一人が小さくうめき声をあげて闇に消えた。あまりに音もなく消されたため、そのことに感づくものはいない。
「うぐっ……」
庭から侵入した者も圧倒間に漆黒に飲み込まれ、その姿を消した。
「屋内への侵入に成功。これより本丸の部屋に向かう」
別の男は窓の鍵を開錠し、中へと侵入を果たした男は忍び足で七海の部屋を目指して歩く。ただ、その男はその通信がすでに誰にも届いていないことを知らなかった。
「~~!?」
そして自身の向かう先の闇には、いつの間にか視界を埋め着くほどの数の二対の赤い輝きが浮かんでいる。
生物と呼ばれるものであるかは置いておいて、その二対の赤い光が自我がある存在のものだと気づいた時、男は驚愕で言葉を失った。
「ばけも……」
男が叫び終える前に、足元から伸びた漆黒に飲み込まれ、男の声はどこにも届く事なく消えうせる。
「おい、応答せよ、おい」
一方で実行部隊のリーダーらしき男が、小さな声で通信機に呼びかけるが、誰からも反応がなくなってしまった。
「一体どうなってやがる。確認した時は確かになんの異常もなかったはずだ」
実行部隊リーダーは、気づけば自分以外と連絡が取れなくなっている状況に狼狽える。しかし、そこは百戦錬磨の男。すぐに気持ちを落ち着ける。
「落ち着け。何かの罠が仕掛けられていた可能性が高い。今回の作戦は失敗だ。他のメンバーの状態が気になるが、あいつらもプロだ。何かあれば奥歯に仕込んだ毒で命を絶つはず。ここは一旦撤退して体勢を立て直すべきだ」
この異常事態でこれ以上作戦を続行するのは不可能だと判断した男は、一度作戦を取り仕切る、外のまとめ役の下に撤退することにした。
「~~!?」
しかし、それは侵入前に気付くべき事柄であった。
「ば、ばかな……」
その男の周りは赤い光を放つ漆黒に取り囲まれていたのだ。その男も何かをする前に漆黒に飲み込まれ、姿を消してしまった。
残ったのは静寂だけであった。
―ギギギ……ギー……
数秒後、その静寂を破るのは七海の部屋のドアが開く小さな音。
「ラック、どうかしたの?」
部屋から出てきた七海はラックの影魔に声をかける。
「ウォンッ」
「なんでもないってことかな?」
ラックは首を振って小さく鳴いた。
普人のようにラックの言うことをハッキリと理解することは出来ないが、ラックの身振り手振りである程度のことは理解できるようになった七海は、ラックの言いたいことを汲みとって確認する。
「ウォンッ」
「そっか。ヨシヨシ。お休み。静かに寝るんだよ」
ラックが首を縦に振ると、七海はしゃがんでラックの影魔をワシャワシャと撫でまわした後で、眠気眼のまま部屋に戻り、ぱたりとドアを閉じた。
「ウォンッ」
影魔は仕上げとばかりに影の中に沈み込んで姿を消す。
「(応答しろ!!聞こえないのか!!)」
影魔が姿を現したのは、この作戦を取りまとめていた男の背後。
男は必死に通信機に呼びかけたが、応答が返ってくることはなかった。
「(くそ!!あれだけ入念に準備したというのに何の成果も得られないというのか!!)」
男は影魔に気付かないまま、小声で悪態をつく。
「(こうしちゃいられない。俺だけでも戻って、少ない情報を共有しないと)」
男はすぐに気持ちを切り替えて振り返る。
そこには一匹の漆黒の狼が口を大きく釣り上げて笑っていた。
「~~!?」
何かを言う間もなく、その男も闇に取り込まれた。
佐藤家に侵入しようとしたものは誰一人として無事に帰ることなく、姿を消すこととなった。
彼らは影魔による監視の下、零によってすべての情報を抜き取られた上で処理された。
これは各勢力が活発な動きを見せる前から佐藤家を守るラックの日常である。
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