第346話 蠢動(第三者視点)

「何?探索者協会が動いただと?それは本当なのか、谷」


 格式高さを感じさせる一室で、執務机を挟んで部下からの報告を受けて書類から頭をあげ、片方の眉毛を吊り上げて問い返す男。


 その男は彫りの深い顔立ちをしており、一世代前に悪役として活躍した俳優と言われたら納得するような容姿をしていた。


 彼の名は、東雲道元。


 モンスターによる大量破壊以前から旧東京の東側に居を構えていて、東側の防衛を司っていた四大家の内の一つ。四大家の中でも最も武術に優れた一族で、普人と同じ寮生である東雲凛の祖父である。


「はい、御館様の仰る通りです。本日かねてより動向を見守っていたマル秘、佐藤普人と探索者協会豊島支部の新藤が接触したのを確認しました」


 谷と呼ばれた部下の男は白髪の混じった老年に差し掛かった人物。彼が再び本日起こった出来事を繰り返して報告する。


「いったいどういうつもりなんだ……?」

「いえ、そこまでは分かりませんが……」


 報告を受け、独り言のような、それでいて問いかけるように呟く道元。


 谷はそれが自分への問いかけだと受け取り、自身の力が及ばなかったという内容を答えるしかなった。


 そう、これまで谷という男は、自分の部下を連れて佐藤普人の動向を把握するために幾度となく彼の監視を行おうとしたのだが、彼に近づくこと自体が難しかった。


 いつどこでどんな風に近づいても必ず察知され、不意に自分たちが潜んでいる方をジッと見つめてくる普人。


 その度に心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥った。


 谷としては思い出すたびに恐怖で冷や汗が出て身震いする想いだった。


 普人は普段それほど探知を使用していないので、単純に振り返った時にたまたまいた場合が多かったりするが、谷がそれを知ることはない。


「ああ、そういえばそうだったな。近づくさえができなかったのだったな」

「はい。本人もそうですが、同じパーティメンバーはそれぞれとんでもない手練れです」


 谷の様子を見るなり、主人は納得したように頷き、谷は未だに体が震えるのを押さえつけながら返事をする。


 谷は部下の中でも一番有能な力を持つ男。谷だけでなく、様々な人間が幾度となく監視を試みたが、どの人間も芳しい結果を残せなかったことから、道元も仕方がないと諦めていた、これまでは。


「むう。仕方あるまい。本人達ではなく、周りの人間にあたって情報を集めよ。本格的に動き始めたというのであれば、これ以上手をこまねいている訳にもいくまい。それから、この際、凛にも接触させろ。役立たずなのだから、こういう時に役に立ってもらわないとな」


 今までは受け身に徹していた道元であったが、理由はどうあれ探索者協会の人間がわざわざ普人と接触したのであれば、これ以上受け身でいることはできない。


 彼は谷に周りから情報を集めさせ、孫である東雲凛に普人に接触させることにした。凛は東雲家の落ちこぼれ。道元は彼女を政略結婚や交渉相手に譲歩してもらうための道具としてしか見ていなかった。


 幸い今凛は普人と同じ学校に通い、その上同じ寮生だ。接点も多く、接触したところでそれほど不自然ではない。


 これを利用しない手はなかった。


「分かりました。お嬢様に指示を伝え、私も必ずやご期待に応えて見せます」

「うむ。期待している」

「それでは、失礼します」


 谷は道元の指示を受け、道元の前から消えるように姿を消した。



■■■■■


 

「あぁああああああああああ!!ぜんっぜん来ない!!」


 一人の美しい女性が頭を掻きむしりながら、自身の執務机に座って叫んだ。


 この一室は質素と言うか簡素というか、どこかのスーパーの従業員室といった内装をしている。


 それもそのはず。ここはショッピングモールにある探索者専門店ダンジョンアドベンチャーの従業員が事務作業をする部屋なのだから。


 彼女はそのダンジョンアドベンチャーの店長である城ケ崎桃花だ。


 以前普人が訪れた際にランクに合った武器防具を、彼が試着した際に全て破壊されてしまった。


 そこで普人に目を付けた彼女は、零に普人のことを調べさせ、上司にプレゼンをして次に訪れた時の全権を預かることになっていた。


 しかし、その普人は一向に姿を現す様子がない。


 普人達は高ランクダンジョンにて自身にあった非常に高品質な武器防具やアイテムを日常的に手に入れているために訪れる必要がないということを、零が手を引いた後の彼女が知る由もない。


「そんなこと言っても来ない者は来ませんよ、店長」

「あの時、ちゃんと連絡先を交換しておかなかった自分を呪うわ……」


 その姿を残念な物をみるような眼で見つめながら呟くのは、彼女の後輩である従業員だ。


 桃花はひとしきり叫んだあと、机に突っ伏して嘆いた。


「もう来ないのかもしれませんねぇ……」

「なんですって!!」


 項垂れる桃花を見ながら、後輩がしみじみと呟くと桃花がガバリと勢いよく顔を上げて後輩の顔を睨む。


「だって前回来てから結構立つんですよね?」

「そうね……三カ月くらいは経つかしら」


 睨まれてもひるむことなく、話を続ける後輩の質問に、桃花は落ち込みながら答えた。


「普通なら買い替えとかメンテナンスに来てもおかしくない時期ですし、道具も買いに来ないなんて、見限られたんじゃないですか?」

「そんな!?」


 それだけの期間があれば、武器防具はまだしも、道具はまず間違いなく足りなくなる。それさえ買いに来ないという事実は、後輩の言葉の裏付けとしては、十分な威力を持っていた。


 桃花の顔は信じたくない、そんな表情をしていた。


「……」

「店長」


 すぐに俯いて動かなくなった桃花に後輩が声をかける。


「……」

「もしかして泣いてます?」


 しかし全然反応がなくて後輩は桃花の顔を覗き込んだ。


「もぉおおおおおおおお!!こうなったら直談判よ!!」

「んきゃぁああああああ!!」


 その瞬間、桃花が顔を勢いよくあげたことで、後輩はあまりに驚いてひっくり返った。スカートによって隠されていた扇情的な下着が露呈してしまう程に。


「あら、あなたって結構大胆なのね」

「べ、別にいいじゃないですか!!


 その下着を見た桃花の感想に、後輩はすぐにスカートを下して隠し、顔を真っ赤にしながら開き直って桃花を睨んだ。


「まぁそこは個人の自由だから問題ないわ。それよりもすぐにこっちから佐藤君を確保するために出向くわよ!!」

「は、はい!!」


 桃花は後輩の趣味を肯定した後、普人を自分の会社で手に入れるため、待つのではなく、自分から動くことにした。


 こうして普人と新藤の接触を機に、各勢力が動き出した。彼らは比較的穏便であるが、さらに過激な勢力も密かに活動していた。

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