第326話 消失(第三者視点)

 空中に浮かぶ半透明のモニターに弾丸のような形状をした物体が映し出されていた。その物体は弾丸というにはより機械的な見た目をしており、地球の銃に使われる弾丸とは別の物であることが分かる。


 その弾丸は星の海を目標に向かってゆっくりと進んでいた。


「ふふふっ。流石に光も飲み込むブラックホールが相手ではあのエネルギー波もどうにもなるまい」


 ひと際高圧的かつ威厳のある服に身を包んだリザードマン型人型生物であるリザードリアンの司令官が、そのモニターを見つめながら、その人間よりも開く口を大きく歪めて声をあげて笑った。


 勿論その弾丸が向かう先は普人が放った"気"の一撃である。


「そうでしょうね。しかし、おそらくそのブラックホールによる影響は計り知れないですよ。下手したらこの辺り一帯が呑み込まれかねない程に」


 副官は呆れを含んだ声色で同じようにモニターを見ながら懸念を話す。


 ブラックホール弾は現状制御不能の禁断の兵器。


 もしかしたら、マイクロブラックホールの発生装置が暴走して、マイクロでは済まないほどのものが発生する可能性がある。


 そうなれば宇宙に多大な影響を与えて、彼らの住む惑星が結果的に滅ぶかもしれない。副官としては故郷である星がそうなってほしくはなかった。


 とはいえ、発射されてもうすぐ目的地に辿り着こうしている今となっては、何を言ったところで意味をなさないのであるが。


「そのために念のため星民たちの避難を始めているのだろう?」

「そうですけどね」


 一人の老齢のリザードリアンの発案により、普人が放ったエネルギー波の危険度は最高クラスの天災とされ、彼らの母星に住むリザードリアン達を他の植民地化した星に避難させ始めていた。


 中には勿論反発する者もいたが、エネルギー波の脅威を訴え続けた老齢のリザードリアンの意見が通り、避難することが決定されたのである。


 どうしても母星に残りたいという者は、もし自身の身に何が起こったとしても一切の責任は負わないという書類に一筆書かされたのちに、残ることを許された。


 しかし、その選択をした者は限りなくゼロに近い。多くの者は故郷よりも自身達の生を選んだのであった。


 ここにいるクルーたちも、すでに母星を離れて戦艦へと場所を移し、ブラックホール弾の行方を観察している。


「それならば、止むを得まい。ブラックホール弾を使わなければ、この星が消え去って滅びる。逆にブラックホール弾を使えば、光を止めることは出来るが、この星も場合よっては滅びる可能性があるが、滅びない可能性もある。どちらを選ぶかは一目瞭然であろう」

「分かってはいるんですけどね、なかなか割り切れないものです」

「若いな」


 副官を諭すように言葉を紡ぐ司令官に、苦笑いを浮かべて答える副官。そんな副官を見て司令官は微笑ましそうに笑う。


「さて、そろそろ時間のようだぞ」

「そうですね」


 目的地が近づき、アラート音が室内になり響く。それによって司令官と副官は話を切り上げてモニターに注目した。


 モニターには前方より迫りくるエネルギー波が映し出された。


「ブラックホール弾、目標ポイントまで十秒前。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、バースト」


 一人のリザードリアンのオペレーターの声のみがブリッジ内に木霊する。


 そしてその声に合わせて、ブラックホール弾はその機能を正常に解放し、その場にブラックホールを作り出した。


「ブラックホールが予想以上に拡大しています。このままではその影響でこの宙域にも多大な被害が及ぶ可能性があります」


 しかし、やはりと言うべきか、制御不能のその兵器は暴走し、ブラックホールが想定を超えてその質量を増大させ、その存在を膨張させていく。


「止む終えない。我々も離脱しつつ、監視を続ける。後退せよ」

『イエス、サー』


 オペレーターの情報によって司令官が指示を出し、船をブラックホールの影響が及ぶ宙域から離脱させるために、撤退させ始める。


「目標とブラックホールが接触します」


 船首を後方へと転換した直後、予想よりも膨張を続けていたブラックホールとエネルギー波がぶつかり合った。


 光は彼らの思惑通り光に飲み込まれていき、その姿を消していく。


「おお、やはりブラックホール弾を使うのは間違っていなかったな」

「どうやらきちんと役割は果たしてくれたようですね」


 その結果を見て二人はお互いに顔を見合わせて安堵の表情を浮かべた。


 しかし、そこで彼らにも予想外の、いや最悪の結果が待ち受けていた。


―パァンッ


 膨張し続けて、光を飲み込んでいたブラックホールが突然霧散してしまったのだ。


「は?」

「へ?」


 司令官と副官はあまりに意味が分からず、呆けた声を出してしまった。


 ブラックホールに飲み込まれて確かに消えてしまったはずのエネルギー波が何もなくなった宙域から突然姿を現し、再び数多の星が煌めく真っ暗な海を突き進み始める。


 その上、飲み込まれる以前よりもスピードと力が増しているように見えた。


『そんなバカなぁあああああああああ!!』


 ブリッジには全員の言葉が木霊する。


―パァンッ


 それから一週間後、彼らの母星は消し飛んだ。


 彼らは植民地化した惑星へと逃げのび、地球侵略は諦めるほかなかった。


 

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