第325話 素敵な護衛
見晴らしのいい山の森の中の開けた土地に転移した俺達は、男用と女用のテントを張った。
「ふわぁ~、お兄ちゃん、私たちは寝るね?」
「ああ、しっかり休めよ」
「ふわぁーい」
徹夜明けのため、テントを張ってすぐに七海、シア、天音の女性陣は全員眠気眼をこすり、欠伸をしながらテント内に入っていく。
「ミラ、お前は寝ないのか?」
「うむ。我は起きたばかりじゃしの。眠くないのじゃ。少し散歩でもしてくるかの」
一人テントに入っていこうとしないミラを不思議に思って尋ねると、ミラが答えたのは至極当然の話だった。
確かにミラは夕方に目覚めた。それも数百年という年月の眠りから。だから眠くないのは当たり前だ。
「そっか。一人で大丈夫か?」
「誰に向かって言っておるのじゃ。我はこれでも吸血鬼の真祖であり、最後の王。そんじょそこらの人間には負けぬわ」
俺はミラが心配だったので確認したら、腕を組んで偉そうに言い放つ。
しかし、その様は見た目幼女の為、全く持って威圧感も権威も感じないものだった。
ただ、ミラは勘違いしている。
「ミラが生きていた時とは違うぞ。皆俺達みたいな力を持っているんだ」
そう、昔と違って今は俺達のように探索者になって普通の人間以上の力を持つ人間がいる。
その上、ミラは自分が目を覚ましていた頃の世界しか知らない。この数百年で世界も随分様変わりした。
そんな中で一人で散歩と言うのは物騒過ぎる。
とはいえ、こんな山の中に来るような奴はいないだろうけどね。そこは念の為の用心ってヤツだ。何もしていなくてミラが攫われたり、怪我をしたりしてしまったら元も子もないからな。
「そ、それは怖いの。や、やっぱり護衛が欲しいのじゃ」
俺の言葉を聞いたミラは、先程の王としての言葉を微塵も感じさせない弱々しい声色で護衛を求める。
そうだ!!せっかくの機会だからこかで仲良くなってもらおう。
「ふっふっふっ。そんな君には素敵な護衛をつけようじゃないか」
「ホントかの!?」
俺が悪だくみする子供のように口端を吊り上げて言ったら、ミラは目を輝かせて俺の返事を待つ。
何を期待しているか知らないけど、ここで登場してもらうのは我が家の癒し枠。
「ああ、もちろんだ。ラック」
「ウォンッ」
そう、超優秀かつ国さえ簡単に制圧する我らが従魔、ラック君だ。
「ひっ」
ラックが出てきた途端、短い悲鳴と共に俺の影に隠れる。
作戦中は離れていたからな。
「ミラ、お前の護衛はうちの最高に優秀なラック君が務めてくれる。安心してくれ」
「ひ、ひどいのじゃ!!」
俺がニッコリと笑いながら語りかけると、ミラは騙されたとでも言いたげな表情で俺を見上げて叫ぶ。
ふっふっふ。俺は一言も俺が行くとは言っていないし、男の護衛をつけるということも言っていない。
凄く心外だ。
「何を言ってるんだ?ラックはこんなに可愛いじゃないか?これを機に仲良くしてやってくれよ」
「ウォンッ」
俺がニヤニヤと悪い笑みを浮かべながらラックの隣に移動して抱き着き、ワシャワシャと撫でれば、ラックがミラに宜しくと言わんばかりに鳴いた。
「んひぃいいいいいいいいいい!?」
ミラはラックの声に怯えて遠くに走り去っていく。
やはり吸血鬼の真祖と名乗っているだけあり、一般人と比べて圧倒的高い身体能力をもっているようだ。
なかなかに素早い。
それでもラックには遠く及ばない。
「それじゃあラック。何かあった時は任せた。それから、零の近くに影魔が待機していると思うけど、零の用事が済んだら迎えに行ってここに連れてきてくれ」
「ウォンッ」
ラックは俺の指示に頷くと、楽しそうに走り去ったミラを追いかけていった。あの様子じゃ、ミラはすぐに捕まってしまうだろうな。
俺は一人と一匹の背中を見送ると、自分のテントに入って眠りに着くのであった。
「ん?」
俺が目を覚ますと外から声が聞こえてくる。
「あ、起きてきたみたいね」
「全く主様は酷いのじゃ」
外にいたのはミラと零だった。
ミラは散歩から、零は報告から無事に帰ってきたらしい。
「零、ミラおかえり。零は報告ありがとうな。お疲れ様」
「い、いいのよ。私が好きでやってるんだから」
俺が二人に挨拶すると共に零に感謝の言葉を述べる。
やはり言われ慣れていない零は頬を染めて恥ずかしそうにした。
嬉しそうではあるから、今後もしっかり言葉にして伝えていきたいところだ。
「そんなことより主様よ、お腹が空いたのじゃ!!」
「そうね、もうお昼を回ってるもの。仕方がないことだわ」
どうやらそれなりに眠っていたようでもう十二時を回ってしまっているようだ。
ミラがわめき始め、零がそれに同意するように合わせて答えた。
「そうか、それじゃあ、皆を起こしてご飯を食べに行こう。そういえば昨日ノエルの件でブルガリアでヨーグルトを使ったグラタンを食べ損ねていたな」
「ほう?よくわからんのじゃが、我も食べてみたいのじゃ」
俺の提案にミラが前のめりで返事をする。
ミラはまだまだ今の時代の事を知らないので、料理についても知らないものばかりで興味津々で、俺にグイッと近づいてくる。
「分かった分かった。それじゃあ、今日の昼はそれを食べに行こう。零、皆を起こしてきてくれ」
「分かったわ」
俺はそんなミラを押しとどめ、零に寝ている女性陣を起こしてもらい、俺達はブルガリア料理を食べるため、彼の地へと飛んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます