第324話 夢見る乙女と現実(第三者視点)

「ん……んん……ここは?」

「あら、起きたみたいですね。先生を呼んできますね」


 シンプルな内装の一室。


 少女が目を覚ましたのを見つけた白い簡素かつ機能的な服を纏っている女性が、彼女に微笑みかけると、部屋から出て行った。


「あれは夢だった?……ですよ」


 そう呟くのは普人達によって中東のとある国から救出された女の子、聖女ノエルであった。今彼女は入院着を来てベッドに横たわっていた。


 ノエルは、茫然としながら普人達によって助けられたことが夢か現実か分からなくて困惑する。


「いや、あれは夢じゃないですよ~♡」


 しかし、ノエルは脳裏にしっかりと残る感触に、唇をそっと触りながらニヤニヤとした笑みを浮かべた。


 それを第三者が見れば、さぞかし気持ちの悪いものだっただろうが、この部屋に今はノエル以外に居ないのは幸いだろう。


「うふふ……私の勇者様……かっこよかったですよ~!!」


 ノエルは日本のことが好きすぎて、見た目の好みもジャパナライズされてしまっている。その中でも普人の容姿は、ノエルが読んできた数々の小説の好きな要素を寄せ集めて構成された、自分が考えた最強のファンタジー世界の勇者として理想の姿をしていたのだ。


 そんな相手と話すだけでなく、大人なキスまで交わすことが出来るなんて、本当に夢の様な話であった。


 その上、囚われの身である自分を助けてくれて、自分を攫った国の罪のない人たちが殺されないようにまでしてくれた。普人はまさにノエルにとってリアル世界に降臨した勇者様そのものだったのだ。


 確かにあれは夢ではなかった。


 なぜなら、唇に残る感触は勿論の事、自分が今ここでこうして無事に治療を受けているからだ。


「今回はこんなことになったですけど~、今度こそちゃんと日本にいって勇者様を探して結婚してもらうですよ~。大人なキスをしれくれたから責任とってくれるですよねぇ?むふふ」


 しかし、実際はノエルの夢と現実は曖昧で、普人はエリクサーを飲ませるために口づけしただけだったのに、目を覚まして自分からディープな接吻をしたという事実は忘却の彼方に露と消え、夢の中の普人そっくりの勇者がやってくれたことと普人の行動を混同して、普人からキスをしたという記憶に置き換わってしまっていた。


 そんなこととは気づかないノエルは普人に会ったら必ず結婚してくれると疑わない。


 彼にはすでに告白している相手と、予備軍に二人いるというのに、そのことは全く眼中になかった。


 普人には更なる混迷が待ち受けている事だろう。


―コンコンッ


「失礼するわ、ってどうしたのかしら!?」


 ドアをノックして室内に入ってきたのは白衣を着て、髪を後ろでまとめてきりっとした眼鏡をかけた、いかにも出来る女医という風貌の女性だった。


 彼女はノエルがベッドの上で悶えているのを見て、痛みでもだえ苦しんでいるのかと錯覚して駆け寄って動きを止めてその顔を見た。見てしまった。


「えへへぇ~」

「な、なんなの……その顔は?」


 だらけ切ったその表情を見て、その女医は思わず後退り、不快なものを見るように、顔の前を腕で覆う。


「あれ?どちらさまですよ?」


 ようやく自分の世界からの帰還を果たしたノエルは、目の前に突然現れたように見える女医に尋ねた。


「わ、私はあなたの担当医のナタリーよ。短い間だけど、よろしくね」

「あ、そうなんですよ?よろしくですよ!!」


 先程の表情を見てしまったナタリーは、元気に返事をするノエルにも警戒を解く事なく、ヤバい人物であるという可能性を捨てずに、恐る恐ると言った様子で対応する。


「そ、それじゃあ、体の状態を見させて貰うわね?上着のボタンを開けてくれるかしら?」

「はいですよ」


 若干怯えるナタリーの指示に、ノエルはノエルはなんの躊躇することなく、上着のボタンを開け放った。


 現れるノエルの肢体。


 それは肋骨が浮かび上がり、腕や足は枯れ木とまではいかないが、非常に細くなっている。


 それが、さらわれていた間の生活の過酷さを物語っていた。


「これは……」

「どうしたのですよ?」

「い、いえ、大丈夫よ」


 その酷さを見た女医は思わず息を呑んで黙ってしまい、ノエルが不思議そうに首を傾げたが、女医は何も言わずに首を振った。


「あっ……♡」


 女医がノエルに聴診器を当てると、ノエルは艶っぽい声を出すが、女医は無視して本来の仕事を全うしていく。


「完全に栄養不足と過労ね。料理をしっかり食べて、きちんと休むようにしないとダメよ。それから、今のあなたはかなりひどい状態よ?きちんと回復するまで意中の男性には会わない方がいいと思うわよ?」

「え?どうしてですよ?」


 そして、最後まで診察を終えると、ナタリーはノエルに忠告をした。しかし、ノエルには意味が分からずに首を傾げる。


 それもそのはず。ノエルは普段から鏡を見る習慣がなくて、今の自分の顔を見ることなんてなかったのだから。


「鏡を見れば分かるわ」

「分かったですよ」


 ノエルはナタリーから手渡された手鏡を開いて映し出された自分の姿を覗き込んだ。


「なんじゃこりゃああああああああ!?」


 ノエルはおおよそ女の子とは思えないような叫びをあげて、硬直してしまう。


 それはそうだろう。普段の可愛らしい自分の顔はそこにはなく、ガリガリに痩せ細ったミイラのような形相をしていたのだから。


 あまりのショックにノエルが現実から帰還したのは暫く経った後であった。

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