第322話 女帝と妖精(第三者視点)

―ガチャリ


 独国のとある都市のハンターズギルド応接室の扉が開く。


「こんなに早く私を呼び出すなんて、もう情報を掴んだのか零?」


 やってきたのはこのギルドのギルドマスターであるアグネスだった。


「情報を掴んだというか、救出してきたわ。ほらそこ」

「なんだと!?」


 零がソファに腰掛けたまま視線で別のソファーを指し示すと、アグネスは驚愕しながら零の視線の先にある毛布に覆われた者に視線を向けた。


「まさか……」


 アグネスはすぐに毛布に駆け寄って見えづらくなっている毛布をどかして少女の顔を拝む。


「……これはやつれているが、聖女に間違いない。まさかものの数日で居場所を見つけるどころか、救出してしまうとは……一体どうやったのだ?」

「仲間にかなり優秀な支援術師が居てね。バフを掛けてもらって移動時間を削り、後は私の能力で……分かるでしょ?」


 アグネスの質問に対して、零としてはラックの力や普人たちの詳しい能力を明かすわけにはいかない。


 支援術師の魔法によって移動時間を限りなくなくして、後は精神系の能力を使っての聞き取りを行って場所を特定し、救出に成功したということを全て言葉にすることなく伝える。


「それは羨ましいな。それと君は……そうだ、そうだったな。君はそういう奴だった。いつも気づけばあっという間に問題を解決している。昔からそうだ」

「なんのことかしら?」


 零の余裕のある態度にアグネスは少し遠い目をして話し始める。


 零の思惑通り勝手に言外の部分を勘違いしてくれたようだが、話が別の方向に行き始めた。アグネスの話が零にはなんのことか分からなくて首を傾げる。


「ほら、いつだったか高校で窃盗騒ぎが起こったことを覚えているか?」

「ええ、そういえばそんなこともあったわね」


 アグネスは自分たちが高校生だった時の話を語り始めた。その表情はとても懐かしそうに微笑んでいる。


 零も覚えがあるのかアグネスの話に頷いた。


「そう。あの時も君はあっという間に犯人を見つけて解決してみせた。私もあの頃は若くて自分が解決してやると意気込んでいたのに、君にあっさり解決されてしまって、その怒りを君にぶつけてしまったな」

「そういえばあなたとはあれから事あるごとにぶつかっていたわね」

「そうだな。思えば私の嫉妬心だった訳だがな。零は鬱陶しそうにしていた」

「私にはあなたを怒らせている理由が分からなかったからね。意味も分からず絡まれ続けたらそれは鬱陶しくもなるわよ」


 思い出しながらクツクツと笑うアグネスに零は呆れるように肩を竦めた。


「まぁな。それで高校二年生の修学旅行の際に起こった低ランクダンジョンのスタンピード。私と君はすでに探索者だったし、ランクもそれなりに高かったから、その時ばかりはお互いに協力して他の生徒達を逃がした」

「そういえば、あの後あなたは突っかかってこなかったわね」


 アグネスの言葉に、零は当時のことを思い出して不思議そうに首を傾げる。


 彼女としてはそれまで事あるごとに突っかかってきたのにその時だけ突っかかってこなかったのは不思議だったのだ。


「そりゃああれだけの実力を見せつけられればな。それにあの時の戦いで君になら背中を預けてもいいと思えた。私の背後に敵を寄せ付けなかったしな」

「それは私も同じよ。あなたは私と対等に戦える唯一の存在だった。あの時は私もあなたに背中を預けてなら安心して前だけ見て戦えると思ったわ」


 懐かしそうに呟くアグネスに、零も遠くを眺めながら当時を振り返って答えた。


「ははははっ」

「ふふふふっ」


 お互いに視線が交わり、笑い合う。


 当時お互いにそう思っていたことを知って思わず嬉しくなったのだ。


「そう。そして、その戦いの後、私は君に突っかからなくなった」

「その代り、何かとまとわりついてきたけどね」


 笑顔で答えるアグネスに、零は呆れながらも喜色を含んだ笑みを浮かべて肩を竦めた。


「君は言動こそ嫌そうにしていたが、表情やそぶりは全く嫌がっていなかったからな」

「あの頃は本当に一人だったし、信じられる相手もいなかった。だからあなたみたいな裏表がない人間は実際嫌いじゃなかったわ」


 さらにニヤニヤとしながら続けるアグネスに、降参とばかりに零が白状する。


「ツンデレっていう奴だな」

「そんなんじゃないわよ!!」


 からかうようにアグネスが言うと、零は頬を膨らませて高校生に戻ったかのように幼い反応を返した。


「そういえば、知っているか?」

「ん?何をよ?」


 アグネスが何かを思い出したように語り始めると、ツーンとした態度をしながら零が問い返す。


「あのころ私と君は女帝と妖精と呼ばれていたんだぞ?」

「え!?何よそれ?全然知らないんだけど」


 楽し気に話すアグネスに、零は驚いて返事をした。


「君はあの頃噂とかに興味なさそうだったものな。あの時、君は誰も寄せ付けることのない冷ややかな態度と童顔から氷の妖精と呼ばれていた。かたや外国人で、こんな男のような言動をして生徒達を従え、学園牛耳る皇帝のような女。だから女帝だとさ」

「何よそれ、ただの印象じゃない」

「勝手に偶像を作り出すのが人間ってものさ」


 アグネスの答えに零が不機嫌そうに答えると、今度はアグネスが苦笑いを浮かべて肩を竦める。


「はぁ……それよりもその子を病院に連れて行かなくてもいいの?」

「なぁに。連絡はしているからそのうち迎えがくるだろう。命に別状はないのだろう?」


 昔話で盛り上がる二人だが、ノエルをそのままというのも不味いと思って尋ねた零。


 アグネスは零ならそこまでやってると見込んだ上で答える。


「ええ。今は極度の疲弊で眠っているだけだと思うわ」

「それなら大丈夫だろう」


 零の答えにニッコリと笑うアグネス。


「はいはい、付き合えばいいのね」

「分かってるじゃないか」


 それで察した零を呆れた表情をすると、アグネスはさらに笑みを深めた。


 その後、近況報告や雑談をして、普人たちのことは極力隠しつつも、それほど興味をひかないような伝え方で上手く誤魔化した零は、ハンターズギルドを後にした。


 二人が話に花を咲かせた結果、時刻は昼を過ぎていた。

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