第290話 元凶

「あぁ~!!枯れちゃった!!」


 七海が元の枯れ木に戻ってしまったのを見て悲し気に叫んだ。


「うっ……」

「くっ……」


 長とサリオンが苦しそうに膝をつく。


「大丈夫ですか!?」


 世界樹の事も大事だけど、俺は二人に駆け寄ってしゃがんで声をかけた。


「う……む。心配いらんよ。少し力が抜けただけじゃ」

「私も……だ。心配には及ばん」


 無理に笑顔を作り、二人は返事をする。


 二人は酷く脂汗をかいており、その言葉がやせ我慢であることは容易に想像できる。おそらく数百年かけて起こった変化を繰り返したため、体がついていかなかったんだと思う。


 力が漲ってくる変化はまだしも、数百年間でゆっくりと力を失っていく感覚を一瞬で味合う苦しみは想像を絶する。


「それにしてもどうしてまた枯れ木の状態に戻ってしまったでしょうか?」

「うーむ、分からん」

「わしもじゃ」


 俺の質問に二人は苦々しい表情で首を振った。


 確かに途中までは世界樹がぐんぐん魔力を吸収して元気になっていたはず。しかし、突然枯れ木のような状態に戻ってしまった。


 見た目に変化はないし、原因が分からない。


「普人君、ちょっとこっちにきて!!」


 少し考えに没頭していると、結構離れた位置から天音の声が聞こえた。俺が顔を上げて声のした方に顔を向けると、数十メートル程先に天音が立っていて、世界樹を見上げているのが見えた。


 俺は天音の行為を不思議に思いながら、その声に従って彼女の居る場所へと近づいていく。


「ねぇ、あれ見て」

「ん?」


 俺が天音の元に辿り着くなり、彼女は自分の視線の先を指をさした。俺がその指示にしがって視線を上に向けると、前からは見えなかった位置に、物凄く大きな瘤が出来ていた。


 全長二十メートルくらいはありそうだ。


「何あれ!?」

「ん!!」

「異様ね」


 俺の後ろから聞きなれた三つの声が聞こえる。


 どうやら天音に呼ばれた俺にくっついてきたらしい。別についてこられても困ることはないので今は放っておく。


「あれってどう考えてもおかしくない?」


 俺達がその瘤を認識して初めて俺達の方を向いて尋ねる天音。


「確かにあんなに大きな瘤はおかしいな」

「でしょ。魔力をあげても枯れたのはあれが原因じゃない?」


 見た感じただの瘤にしか見えないけど、明らかに瘤の域を超えて飛び出しているのでどう見てもただの瘤には見えない。


 天音の言う通り、あれが原因の可能性が高いと思う。

 

「どうしたのじゃ?」

「あ、長とサリオンさん。あれを見てください」


 俺達の元へとやってきた長とサリオンさんに指でさし示した。


「なんと!?」

「なんだあれは!?」

「あれは今までなかったんですか?」


 驚きで言葉を失い、茫然としている二人に俺は確認を取る。


「う、うむ。昨日までこの辺りの見回りをしている者達からは何の報告もなかったのう」

「私も昨日この辺りを見回っていたが、こんな瘤は見かけなかったな」


 昨日までなかったとするとつい最近できたということ。


 つまりあの瘤が大きくなったのはさっきの魔力供給が原因ではないだろうか。


 そして吸収した魔力が一気に抜けて枯れ木の様な状態に戻ったのは、あの瘤に吸い取られてしまったからで、瘤が大きくなったのは俺達の魔力を吸収したからという可能性が高い。


「ま、まさか!?」


 俺は普段押さえている五感を研ぎ澄ませて瘤を見通すと驚愕の光景が目に映った。


「お兄ちゃんどうしたの?」

「ああ……。あれはただの瘤なんかじゃない」

「え?それじゃあ、一体なんなの?」

「魔力を見るようにしてみろ」


 俺に尋ねる七海に返事をすると、問い返されたので魔力視をするように指示を出す。俺が言葉であれこれ言うより直接見た方が早いと思ったからだ。


「え!?あれってまさか」

「そういうことだ」


 魔力視で見た七海は驚愕を貼り付けた表情で俺を見たので、同意するように首を縦に振った。


「一体どういうことなの?」

「ん」


 魔力視が出来ない天音とシアが俺に尋ねる。シアのアホ毛がクエスチョンマークになっている。


「それはな。あれは瘤なんかじゃない。あれは何らかの虫の蛹だ。今にも羽化寸前のな」

「それじゃあ、やっぱり……」

「ああ。あの瘤のような蛹の中にいる生物が世界樹の力を時間をかけてゆっくりと奪っていたんだと思う。そしてさっき俺達の膨大な魔力を吸収することで一気に成長したんだ」


 俺の答えに想像通りの結果になったという表情をする天音。俺はさらに推論を重ねたけど、その話は天音の返事を聞く前に唐突に終わりを告げた。


―ピキピキッ


 卵に響きが入るような音と共に瘤に亀裂が入ったからだ。


『~~!?』


 俺達全員が驚きに包まれる。


 生まれる寸前とは言ったけど、それはもう少し先の事だと思っていたからだ。


―ゴクリッ


 俺達は思わず喉を鳴らす。


―ピキピキッピキピキッパキッ


 亀裂はあっという間に広がり、中からその生物が姿を現した。その姿は光に包まれていて未だ全容は見えないけど、形状は蝶や蛾に近いものだった。


『セイクリッドツリーイーター……』


 長とサリオンの声が重なった。


 二人の姿を見ると、茫然とその生物の姿に魅入られていた。

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