第291話 ガチギレパンチ
「ピギャアアアアアア!!」
セイクリッドツリーイーターと呼ばれた蛾のような生物が羽化し、バサリバサリと羽ばたいて空へと登り、一定の高さまで飛び上がっていく。その威圧感はこれまでの中でも一、二を争う程に凄まじい。
鳴き声は黒板を爪で引っ掻く音を何倍も不快にしたような響きで、思わず耳を覆いたくなるほどだ。
「セイクリッドツリーイーターってなんなんですか!?」
「ワシらの中でも最早伝説となっている存在で、世界樹や精霊樹といった霊樹類に寄生してその力を食いつくすと言われておる魔獣じゃ」
俺が焦りながら尋ねると長が答えてくれた。
なるほど。伝説の存在ともなれば二人が呆然となるのも無理はない。
かなりヤバそうな相手だ。
「ちなみに羽化するとどうなるんですか?」
「分からん。分からんのじゃが、世界に多大な被害齎す災厄だと聞く。おそらく数百年という歳月の間吸い続けた世界樹の魔力は膨大な量になっていると考えられるし、先程さらに強力な魔力を取り入れたことで、もはやどれだけ強いのか想像も出来ん。兎に角とんでもない強さじゃろう」
しかし、そんな話を聞いたら、それは野放しにしてはおけないな。
ここは俺がどうにかできないか戦ってみよう。
「なるほど。わかりました。ひとまず長達は住民の避難をお願いします」
「それは分かったが、お主はどうするつもりだ?」
まぁ当然の疑問だ。
「セイクリッドツリーイーターを退治します」
流石にこのまま里を破壊されるわけにいかない。
ここはエルフたちの故郷だしな。
数百年は過ごした場所だ。思い入れもあるはずだ。
「そんな無茶な!?死ぬぞ?」
俺の言葉に長が目が飛び出そうな程に驚いて叫ぶ。
「まぁまぁ。俺達は死にませんよ。最悪の逃げる手段は用意してありますから」
「ならば、ワシからもう言うことはなかろう。恩にきる」
俺がニンマリと頰を引き上げて答えたら、長は俺が答えを変える事はないと悟ったのか、そのまま引き下がり、サリオンと共に避難を促すために里に戻っていった。
逃げる手段と言ってもラックの影に入って隠れるだけなんだけどね。
とはいえ森の中に入ることが出来れば、アイツの視界から逃れて影に入るタイミングもあると思うし、なんとかなるだろう。
「皆も逃げてくれ」
俺は残っている七海たちに懇願する。
「何言ってるの、お兄ちゃん!!死ぬときは一緒だよ!!」
「ん」
「そうよ水臭い。一人より全員居た方が生存率挙がるでしょ」
「パーティメンバーを置いて逃げるなんてことできるわけないでしょう。一緒に戦うわ」
しかし、皆覚悟を決めた上で、七海は頬を膨らませて不機嫌そうに、シアはアホ毛が力こぶを作り、天音と零は少し呆れ顔で俺を諭した。
確かにここで逃げろなんて野暮な話だったか。俺がどうにかして守ればいい話だ。
「分かった。皆で戦おう」
「うん!!」
「ん」
「任せなさい」
「了解したわ」
俺は皆の気持ちに感謝して全員で戦うことを決めた。
「ピギャアアアアアアアアッ」
再び不快な音色を響かせるセイクリッドツリーイーター。
俺達が奴を見上げると、奴もまた俺たち見くだすように見下ろしていた。
「先制攻撃だ!!七海は補助魔法を!!シアと天音は補助魔法がかかるまで魔力の斬撃と殴打を兎に角ぶち込め」
「わかった!!」「ん」「了解!!」
俺は三人に指示を出した途端、天音とシアが魔力の斬撃と殴打を飛ばし始める。
―ドンドンドンッ
全長二十メートルはあるセイクリッドイーターは躱しきれずに全弾被弾する。被弾した部分が爆発を起こし、セイクリッドイーターの姿が見えなくなるほどに攻撃を打ち続ける。
「スピードアップ、パワーアップ、ディフェンスアップ、マインドアップ、レジストアップ……」
その間に、七海が掛けられるだけの補助魔法を唱えて俺達全員のステータスを上げた。
ステータスがない俺には意味がないかもだけど、気休めでもありがたい。
「ピギャアアアアアアアアッ」
「くっ」
『きゃああ!!』
しかし、突如強烈な突風が起こり、俺達を襲う。
それはセイクリッドツリーイーターが俺達の攻撃を鬱陶しいとばかりに吹き飛ばした余波だった。
「ちっ。零、攪乱を頼む!!」
「任せて!!」
零に精神系スキルで攪乱してもらう。
俺も気功を拳に込めて放った。
―パァンッ
すると、俺の攻撃は当たった部分をはじけ飛ばした。
「ピギャアアアアアアアアッ」
まさか攻撃が通ってくるとは思わなかったのか、さしものセイクリッドツリーイーターも本気の悲鳴を上げる。
おっ!!俺の攻撃は通るぞ。七海たちの攻撃が通らないから、俺の攻撃も通らないと思ったけど、そんなことはないらしい。
皆と俺の違いはなんだ?
あっ、そうか!!
俺だけ気で戦っているんだ
皆は魔力を纏って攻撃しているけど、俺だけ気を纏って戦っているというのは大きな違いだ。
その違いが意味するところは、あいつは俺達の魔力を吸ったことで、俺達の魔力を使った攻撃が通用しないということかもしれない。
「皆!!俺以外の攻撃は通らないみたいだ。牽制に徹してくれ!!」
『了解!!』
俺の指示を理解して即座に動き出すメンバー達。
―パァンッ
―パァンッ
―パァンッ
―パァンッ
―パァンッ
皆の足止めを受けて、空中に釘付けにされるセイクリッドイーターに俺はパンチを打ちまくる。
しかし、どうやら再生能力を持っているらしく、なかなか削り切ることが出来ない。
「ピギャアアアアアアアアッ」
我慢が出来なくなったのか、突然セイクリッドイーターが口元にエネルギーを集めてブレスをこちらに放ってきた。
「サンクチュアリ!!」
七海が咄嗟に障壁を展開する。
―パリンッ
しかし、七海の魔力を吸収していたせいか、障壁があっけなく破られてしまった。俺は咄嗟に四人を庇うようにブレスを背にして両手両足を広げて立ちふさがる。
『きゃぁああああああああ!?』
俺達をセイクリッドイーターのブレスが襲う。
真っ白に塗りつぶされた視界の中、俺は必死に耐えた。視界が戻ると、そこには倒れた七海たちが横たわっていてピクリとも動かない。
ブレスの大半は俺のジャージが受け止めたはずだけど、余波だけでこうなってしまったようだ。
―プツンッ
俺の中で何かが切れた音がした。
「なにしてんだてめぇ!!」
俺は自分の無能を棚に上げて怒りで我を忘れ、後の事なんて何も考えずに俺の中にある全ての気を拳に集めてセイクリッドイーターに放っていた。
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