第289話 世界樹

「おお、そうか。それじゃあ早速世界樹の元に案内しよう」

「分かりました」


 俺達の返事に目に見えて表情が明るくなった長は、席を立って俺達を促す。俺達も世界樹というものがあるのならぜひともこの目で拝んでみたいのですぐに席を立ち、長とサリオンの後に続いて家の外に出た。


 長とサリオンは、自身の家の裏手にある木々のアーチによってできた幻想的な道を進んでいく。


「こういうところもファンタジーだなぁ」

「なんだかグッとくるものがあるわね」


 俺のつぶやきに天音が答える。


 本当にファンタジー世界に入り込んだみたいでドキドキするんだよな。


 暫くそんな道を歩いていると、唐突に視界が開けた。そこは小高い丘でそのてっぺんには巨大、という言葉では足りない程に大きな木が聳えたっていた。


 集落からは見えなかったけど、何かエルフの不思議な技術で隠していたのだろうか。


 そんなことはさておき、おそらく幹だけで軽くに二、三十メートルはありそうだ。高さも百メートルは越えそうだ。


「あれが世界樹……」


 しかし、その姿は俺が想像していたものとは全く別ものだった。


「物凄く元気なさそう……」


 七海のつぶやきの通り、そこに聳えたつ木は、葉の一つもつけず、冬の様な状態。物悲しささえ感じさせるその佇まいはあまりに弱弱しい。


 俺の想像では青々とした葉をたくさんつけて、神秘的なオーラを醸し出すような存在をイメージしていただけにその衝撃は大きかった。


「あれって大丈夫なんですか?」


 俺は思わず長に尋ねる。


「今すぐどうにかなることはないが、何もしなければいずれ完全に枯れよう」

「そうなんですか……」


 特に振り返ることもなく答える長の言葉。そこにはどうにかしようと足掻いてきたこれまでの重みを感じられた。


「本当にデカいな」

「うん、こんなにおっきなのは見たことないよ」

「ん。おっきい」

「大きいわね」

「凄く大きいわ」


 世界樹の間際に辿り着いた俺達。力を失って尚その堂々とした姿に圧倒される。


「これが世界樹じゃ。がっかりしたかの?」

「いえ、それよりもどうにか出来るならすぐにでもしてあげたいと思いましたね」


 少し悲しそうにしながらおどけたように尋ねる長に、俺はすぐにでも治療が出来るのならしたいと述べた。


「優しいのう。お願いしてもいいかの」

「はい。勿論です。単純に魔力を送り込むイメージで大丈夫ですか?」

「うむ。宜しく頼むぞ」

「やってみます」


 俺の言葉に破顔する長。


 彼の依頼に応じて俺達は揃って木の幹に手をそっと添えた。


―トクントクンッ


 微かではあるが、確かに木の脈動を感じる。


「生きてるね……」

「ああそうだな。それじゃあ早速魔力を送り込んでみよう」

「うんそうだね」


 隣の七海も生命の息吹を感じ取って呟いた。俺はそのつぶやきに同意して返事をした。七海も俺の言葉に頷いた。


「それじゃあ、いくぞ?せーの!!」

『はぁあああああああ!!』


 俺の掛け声を合図に全員で世界樹に魔力を送る。


 世界樹は膨大な魔力に包まれた。小さかった鼓動が徐々に大きくなり、それと同時に木の持っている魔力が増している気がする。


「おお!!これほどとは!!」

「ふむ。やはり私の目に狂いはなかった」


 後ろで長とサリオンが各々で呟いた。


 俺達の魔力によって目に見えて回復していく世界樹。


 もうほとんど枯れていたように見える幹に瑞々しさが戻り、葉が一つ、また一つと芽吹き始めた。まるで録画を高速再生しているかのようにどんどん力を取り戻していく世界樹。


「もう無理!!」

「ん」

「これ以上は何も出ないわね。空っぽよ」

「私も何も残ってないわ」


 それから十分後、全力で魔力を注いだ俺達はその場にへたり込んだ。その甲斐あってか、世界樹は力を取り戻し、青々とした葉を沢山つけてくれた。


 それどころかこれから真っ白な花を咲かせていく。


「なんと礼を言ったらいいか……。まさか本当にどうにかしてしまうとはの……」

「ありがとう。これほどの魔力は感じたことがない……」


 俺達の様子を見ながら呆然と呟く長とサリオン。心なしか二人の様子も結構変化しているように見える。


 先程までは女性らしさを感じさせるようなオーラを纏っていたにも関わらず、二人は男らしい雰囲気を感じさせた。

 

 性差も少し正しいほうに戻っているのかもしれない。


「いえいえ、お役に立てたのなら良かったです」

「ああ、早速報酬を渡したいところだが、実はすぐに実るようなものでもないので、それは待ってほしい」

「分かりました」


 俺が二人のつぶやきに返事をすると、サリオンが報酬についての話をしてくれた。


「さて、そうと決まれば、今日は宴じゃ!!勿論そなたらも参加するじゃろ?」


 俺とサリオンの話が終わると、長はウキウキとした顔で俺達に尋ねる。有無を言わせず強制参加だとでも言わんばかりの表情だ。


「え、ええ。はい、もちろん参加させていただきます」

「うむ。それでは早速準備に取り掛かる故、しばらく待っていてくれ」

「分かりました」


 俺達は宴に参加する……はずだった。


「うっ……くっ」

「ぬっ」


 しかし、次の瞬間、それは訪れた。


 まるで逆再生しているかのように花と葉が枯れ落ち、世界樹が枯れた状態に戻っていく。


 長とサリオンの状態も同じように男らしい雰囲気が消えていた。


 問題はまだ解決していなかったようだ。

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