第277話 狂気と後悔(第三者視点)
「はぁ……はぁ……もう無理ですよ〜」
白い神官服を見に纏った少女、聖女ノエルが汗を地面にポタポタと垂らし、膝をついて浅い呼吸を繰り返す。
「駄目です。まだまだ頑張ってもらわないと我が国の民が飢えてしまいます。ノルマをこなすまではご飯も出てきませんよ?」
「ひどいですよ、生活には不自由させないって言ったですよ」
彼女はだだっ広い荒野だった場所を肥沃な畑に変換し、植物を成長させる魔法を掛けることで成長を促す作業をさせられていた。
すでに数ヘクタールの土地を耕して、多数の人員を投入して種まきと収穫が行われている。
しかし、今もまだ食事を人質にとって別の作業をさせられ続けている。
それは水魔法によって水を生み出し続けるという作業だ。人々が持ってくるポリタンクに水を満たし続けている。
この国は慢性的な水不足で、ノエルの魔力に目を付けた上層部によって搾り取られているわけだ。
水は魔法を使えば出てくるわけだが、MPを消費すればするほど自分の中から活力のような何かが抜け出ていき、それによって疲労が積み重なっていく。
その作業が中東の炎天下の元で数時間以上行われていた。すでにそんな生活を一週間近く続けている。
「別に不自由はさせてないでしょう。きちんと働いてもらえればその対価として食住を提供しているじゃないですか」
監視をしている兵士の一人が意地の悪い笑みを浮かべる。
大量の汗をかいて神官服が肌に張り付き、肌に浮く汗がノエルを艶めかしく彩っているが、本人はすでに疲労困憊。
しかし、やらなければ食事も碌に出てこない。そうなると辛い身体に鞭を打って作業を続けるしかなかった。
ただし、ノエルにも限界があった。肉体的にも精神的にも。
「はぁ~……サンクチュアリ!!」
ノエルはあまりの横暴に我慢の限界を迎え、魔法を唱えた。
サンクチュアリ。
この魔法は自身を守る結界を形成する魔法だ。魔力に応じてその強度が比例して高くなっていく優れもので、外からの攻撃や自身が認めない者の侵入を許さない。
聖女と呼ばれるノエルの魔力は非常に高く、魔力だけ見ればSSランクにも匹敵するため、ノエルのサンクチュアリは、ほとんどの探索者の攻撃を通さない鉄壁ともいえる防御力を持っていた。
相応の魔力を込めれば、寝ている間も展開したままにしておくことが出来るので、夜に襲われることもない。
「なにを!?」
ノエルの突然の暴挙に兵士は狼狽える。
「もう我慢の限界ですよ。ストライキするですよ」
ノエルはサンクチュアリで家と自分の周りを覆い囲んだ。これにより、兵士たちはノエルに直接危害を加える事が出来なくなった。
勿論、食事を与えなかったり、小屋の設備を使用できなくしたりといった間接的な方法はとることが出来る。
しかし、ノエルは緊急用の収納アイテム内の食料や、サンクチュアリ内で畑を作って成長させることも出来てしまうため、食料に関してはある程度問題ないし、水やその他の生活の問題も魔法でどうにかできてしまうので、根競べになることは間違いない。
「労働条件の改善を要求するですよ!!」
声高らかにドヤ顔で述べるノエル。
せめて三食出してくれて、きちんと眠る時間があるのであれば、文句は言いつつも仕事をこなすのに、と彼女は思った。
「ぐぬぬぬぬぬぬっ」
兵士はノエルのドヤ顔に悔しそうな表情を浮かべた後、俯いた。
しかし、ノエルはこの国の兵士の精神の異常性を見抜くことが出来なかった。それはあまりにも自分の常識とはかけ離れていたから。
「一日の労働時間の上限と休憩の設定、満足できる量の三食の食事、七時間以上の睡眠。これを要求しますですよ」
「……くっくっく。あーはっはっは!!」
ノエルは悔しそうに俯いた兵士に向かって要求を述べる。
ノエルの言葉に、しばらく俯いていた兵士が含み笑いのような声をあげ、その声は次第に大きくなり、顔を上げた兵士の顔は狂気を孕んでいた。
「どうやらあなたは自分の立場が分かっていないようですね!!」
兵士は持っていた銃を構え、ノエルを睨む。
「な、なにをするのです?」
ノエルは唐突に銃を向けられて動揺するノエル。
ただ、自分に銃を撃ったところで何のダメージもないはず。ノエルには兵士の意図するところが分からなかった。
しかし、次の瞬間、その意図を理解することになる。
「~~!?」
銃を構えた兵士はその銃口を作業をしているこの国の一般人に向けた。
―ダーンッ
次の瞬間、大きな銃声と兵士の一番近くにいた一般人がバタリと倒れた。その場には赤い液体が広がっていく。
『キャー!!』
突然の事態に一般人たちは悲鳴を上げた。
「お前達動くな!!動いた奴から殺す」
逃げようとした一般人たちに大声で叫び、釘を刺す兵士。一般人たちは兵士が探索者であり、それも高ランクであることを知っているので、動けなくなった。
ノエルは目の前の光景が信じられなかった。
たかだかストライキで労働条件を改善要求しただけで人一人が死んだ。
「お前が十秒サボる度に一人殺す。さぁどうする?」
兵士はノエルの前で悪魔のような笑みを浮かべてノエルに問いかける。
自分のせいで人一人がすでに死んだ。そしてそれは十秒ごとにさらに増えていく。自分とは縁もゆかりもない国の一般人ではあるが、罪のない人にそんな悲運を背負わせることなど、聖女としても一人の人間としても出来るはずもない。
「わかったですよ……。働くですよ……」
ノエルにはそう答えることしかできなかった。
そして自分の安易な行動を深く後悔した。
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