第276話 日本人には絶対手を出すな(第三者視点)

「行っちまったな」

「ああ」


 二人の男が男一人、女四人の日本人達の背中を見送りながら呟きあう。他のメンバーは未だにダンジョンの入り口を見つめたままだ。


 彼らの名前はジャックとジョージ。


 普人が七海の依頼で彼女のクラスメイトの愛莉珠を探しにダンジョンに入り、転移罠にハマって跳んだ先のアメリカのダンジョンで絡んできた探索者パーティのメンバーである。


 二人は普人達にぼこぼこにされたものの、当の本人である普人の力によってボコボコにされたわけじゃないので、当初は従魔のお飾り主人のようなモノだと考えていた。


 しかし、今回普人達の旅行に同行してその考えが変わった。


「日本人ってとんでもないよな。だってあの人がDランクなんだぜ?」

「それな?日本人のDランクってアメリカのSSSランクより強いってことだろ?」

「そうそう。しかも、兄貴のパーティにはBランク、そしてSランクまでいた。あの二人は兄貴より強いってことだ。これはウチの下のメンバーにちゃんと言っとかないと、全員日本人探索者にボコボコにされるぞ?」

「そうだな。日本人には手を出さずに優しくしろ。これは徹底しないとな」


 実は彼らはブラッディデストロイヤーズというギャングに近い性質の探索者が多数在籍しているギルドの最高幹部たちである。


 ラックにやられてしまったが、彼らはBランク程度の実力を持っていて、この辺りでは大きな探索者ギルドだった。


「勿論今までのような犯罪まがいのことも禁止だ」

「分かってるって」


 普人にボコボコにされるまではやりたい放題、好き放題やっていたが、前回普人に出会ったことで、真っ当な活動を心がけるようになっていた。


 今回普人に会うまでは嫌々ながらという感じだったが、今回普人の本当の強さを目の当たりにして、もう逆らうような気も起きず、むしろ憧れるような強さを持っていたため、これからは普人のように真っ当に生きようと心を入れ替えることに決めたのだ。


「まずはアイツらの説得からか」

「あの様子なら大丈夫だろ。こっそり録った動画も見せたしな」

「まぁ、そうだな」


 実は二人は駐車場で説得する際に、ディスティニーランドで起こった一部始終をスマホのカメラに収めていた動画を四人に見せていた。


 それによって普人の実力を理解させ、絶対に逆らうな、ということを徹底させた。そんなことを言わなくても動画を見ただけで四人はブンブンと首を縦に振ったのだが。


「とりあえずあいつらを現実に引き戻して、どっかで飯を食いながら話そうぜ」

「そりゃあいいな、ちょうど腹も減ったところだ」


 二人はお互いにニヤリと笑いあうと、未だに現実に戻ってこない四人に声を掛けてご飯を食べに行った。


 それから程なく、ブラッディデストロイヤーズは品行方正、弱きを助け、強きをくじく、それでいてそれを他人に強要したりしない、ホワイトな集団へと生まれ変わる。


 徐々に圧倒的に評判の悪かった噂も消えて行って、いつしか近隣の住民の憧れの組織へと成長していく。


 そしてその教育に普人がカイザーを倒す様子と、山に穴をあける様子が映し出された動画が使われることになるのだが、本人が知ることはない。



■■■■■


 

「司令!!」

「ひぃひいいいいいい!?」


 一人しかいなかった司令室に報告にやってきた部下が司令に声を掛けると、司令はビクリと体を震わせ机の下の蹲る。


「ど、どうしたんですか!?」


 司令官の尋常ではない様子に駆け寄って背中を擦る。


「お、おお、お前だったか……。いや、なんでもない……」

「何でもないように見えませんが……」


 黒い影ではないと分かった司令は安堵すると、途端に先程の痴態を隠そうとして立ち上がる。しかし、完全に見ている部下は司令官の様子に困惑しかなかった。


「いや、本当に気にするな。それで、なんの用だ?」

「えっと、はい。先ほど零部隊の隊員が発見されました」


 上官の言うことは絶対、そう言い聞かせて司令官の疑問に答える部下。


「やはり全員が死んでいたか……」


 部下の答えに、司令官は見るも無残な死を与えられているであろう想像をしながら苦々しい表情で呟く。


「いえ、全員完全無傷で寝かされていました」

「そうか……なんだと!?」


 部下はあっけらかんとした口調で無事だと言っているのに、思い込みからかやはり死んでしまったのかと落胆し、遠くを見る司令官。しかし、数瞬して部下の言葉を頭の中で理解した司令官は、物凄い勢いで部下の顔をみた。


「全員傷一つなく、荒野に寝かされている所を発見されました。誰一人として命を落としておりません」

「バカな……」


 再度部下が言い直すと、司令官は呆然とした表情で椅子にすとんと腰を下ろす。


 そこで司令官は黒い影の化け物の事を思い出した。


『次はない』


 次はないということは今回は許してやると言うこと。つまり彼らは化け物たちに許されたのだ。


「今回の作戦に参加した兵士たちはどうなっている」

「そっちもついさっき意識を失っている所を完全無傷で発見されました」

「そうか……」


 今回の作戦に参加した兵士たちの様子を聞いた司令官は確信を深めた。


「もうあの化け物からは手を引く。撤退させろ」

「いいんですか!?」


 黒い影からの警告に従い、命令を下す司令官。部下は司令官の命令に思わず口をはさむ。


「ああ。あれは私達が手を出してはいけない相手だった。日本人にも絶対に手を出すなよ。何がターゲットの気分を損ねるか分からん。そうなれば待っているのは私たちの破滅だ」

「分かりました。全部隊を引き上げさせます。それに日本人に対して絶対に横暴な態度を取らないように言い含めておきます」


 しみじみと呟く司令官に部下もその気持ちを汲んで答えた。


「頼んだぞ」

「はっ」


 念押しをする司令官に頷いた部下は、すぐに部屋から出ていった。

 

『ウォンッ』

「ひっ」


 分かってるじゃないか、と言わんばかりの鳴き声が聞こえた気がして、司令官はビクリと体を震わせる。


 しかし、辺りを見渡すが、どこにも何もいない。


「いつでも見ているぞってことか……」


 幻聴であったが、司令官はその矛先がいつでも自分に向くという恐怖を感じながら、天井を見上げるのであった。

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