第271話 忠犬ラック(第三者視点)
「ラック、もう寝るぞ?」
「ウォンッ」
漆黒の毛並みを持つ狼であるラックが主である普人の声に従い、ベッドの上に飛び乗って丸まった。それから普人の独り言のような話を聞きながら背中を撫でられ、徐々に意識を落としていくラック。
「ウォン?」
しかしある時、この大陸に放たれている影魔からこちらに向かってくる者の気配を感じ取った。その気配は明らかに今普人達いるこの場所に向かって敵意をもって近づいてきている。
その気配とスピードから普人達と同じ探索者という人種であることが分かった。
しかし、これから主である普人は就寝の時間だ。
それに、今は理性で何もしていないようだが、もしかしたら気が変わって囲っている雌たちと子作りをしたりするかもしれない。人間は年中発情期だという話を聞いた。いつそうなってもいいように普人達の邪魔をさせるわけにはいかない。
ラックはそう考えた。
ラックにとって普人の周りにいる女性たちは、七海を除いてすでに普人の番という認識であり、ラックにとっては主の次に守るべき対象であり、自分を可愛がってくれる良い雌たちだと思っている。
主である普人も彼女達と一緒にいると非常に楽しそうなので、彼女達にいなくなってもらっては困るのだ。
ただ、普人には探索者はとんでもなく強いから十分注意するようにと言われているので気を付けなければならない。
正直気配から強さを推し量ることはできないが、これからやってくるのは昼間に普人達に絡んできたようなイベントのための偽物の探索者とは違うのだ。
ラックは昼間の普人の話からそう理解した。
しかし、実態はラックにとってはどちらの人間も弱すぎて魔力によって強さの判別できないだけであった。
普人に撫でられる心地よさに身を委ねながら色々考えている間に、敵の気配がかなり近づいてきた。これ以上近づいたら主の気配察知に引っかかってしまうかもしれない。
そう思ったラックは自身を影魔に憑依させ、どうにかして排除を試みることに決めた。
影憑依。
自身が作り出した影魔に自由に意識を移して操ることができる能力だ。
その能力を使って早速敵の近くに潜む影魔に憑依した。
敵の数は数十人。全員似たような服を身に纏い、とても統率が取れた動きをしていて、優秀な群れのボスがいることが窺える。
ただ、直接見たが、やはり昼間の偽物探索者との違いが分からない。
現在の自分は分身みたいなもの。消滅したところで意識が本体に戻るだけ。特にリスクもないので一当てしてみることにする。
―ビュンッ
ラックは目にも止まらぬスピードで一人の探索者の足を切り裂いた。
「ぐわぁああああああああ!?」
探索者の足はなんの抵抗もなく切り裂かれ、ぼとりと地面に落ちる。そして足がなくなったせいで走ることができなくなり、悲鳴を上げながら地面をゴロゴロと転がった。
え!?
まさか様子見の攻撃で足を切り落とすことが出来るとは思っておらず、ラックの頭の中を疑問符が埋め尽くす。
「スリーマンセルを組んで死角を無くせ!!」
そうこうしている間に敵のボスが指示を出して三人ずつに分かれてラックを警戒する。
しかしラックがいるのは影の中。夜は影を視認することもなかなか難しく、ラックの影は隠密性が高いため、敵もラックがどこに潜んでいるのか分からず、極度の緊張状態で冷や汗をかいていた。
「ぐわぁああああああああ!?」
ラックが確かめるためにもう一度攻撃を仕掛けてみると、やはりなんの手応えもなく、腕が切り裂かれた。
弱い。
それがラックの感想だった。
ラックは自分が強くなったのかもしれないと思い始めた。
なにせ世界中に分身を放っている状態。その分身からの経験値によって自分が物凄く強くなってしまったのではないかという推論に至った。
『ぐわぁああああああああああ!?』
これなら同族を殺すことに忌避感のある主の要望を叶えつつ、目の前の敵を追い返すことが出来る。
そう判断してラックは次々と敵を切り裂く。
あっという間に相手は壊滅状態に陥り、死屍累々。最後にボスだけが残った。
―ドォオオオオオオオオオンッ
―ドォオオオオオオオオオンッ
―ドォオオオオオオオオオンッ
―ドォオオオオオオオオオンッ
―ドォオオオオオオオオオンッ
敵のボスは何度もラックに魔法を当てたが、その魔法はラックの影魔にさえ傷一つ付けることは出来なかった。
ラックは自分が強くなったと実感する。
「ば、化け物……」
その言葉を最後に敵のボスは意識を失うのであった。
ラックは彼らを影の中に入っているポーションを使って治療し、器用に縄で拘束して人気のない開けた場所に放置して憑依を解除した。
「ウォンッ」
本体に意識が戻った所で、主の寝顔を見て安堵し、ラックは瞳を閉じる。
こうしてラックの活躍によって普人の平穏な旅行は保たれたのであった。
次の日。
「何?久しぶりに戦ってみたい?」
「ウォンッ」
「いいだろう?泣いても知らないぞ!!」
「ウォンッ」
強くなったと思ったラックは久しぶりに主に戦いを挑んだ。
「ふんっ」
「キャインキャインキャインッ」
しかし、主には一撃も与えることも出来ず、一撃喰らっただけで涙目になるラック。ラックはこの日、自分の主の感覚がずれていることを理解する。
「お兄ちゃん凄い凄い!!」
『……』
そんな様子を七海だけがはしゃぎ、それ以外の番たちは言葉を失って呆然と見ていた。
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