第270話 影の化物(第三者視点)

 ピッチピチのボディスーツの上に、皮のように見えるが、皮とは全く別の素材で作られた軽量な鎧を身につけた人間達が、とある場所に向けて街の中を疾走していた。


 屋根の上を飛び跳ね、人間とは思えない動きをしているが、彼らは探索者適性をもっている人間のため当然である。


 すっかり日が暮れて真っ暗な上に隠密系スキル保持者であり、暗殺や諜報系の技術を叩きこまれた彼らに、光り輝く街を歩く一般人が気づくことはない。


「隊長、ターゲットがアルマーリオホテルに泊まっているという情報が届きました」

「了解。これより、ホテルの近くに到着次第、最新の注意を払いながら、ホテルを包囲していくぞ」

『了解しました』


 彼らの任務は、ターゲットを極力人目に付かずに無力化し、強硬手段を使ってでも彼らの拠点に連行することだ。


 先程までは漠然とラスベガス方面に向けて走っていた彼らだが、通信によって得た情報により、進行方向に微妙な修正が加えられ、ターゲットがいるホテルへの最短ルートを進んでいく。


 ロサンゼルス付近からラスベガスまで車であれば四時間ほどかかってしまうが、彼らであれば二時間もあれば到着する。彼らは表向き存在しない部隊であり、飛行機での移動は目立つため、彼らは走って移動していた。


「目標のホテルまで距離残り五キロメートル。各自装備を確認し、準備を整えろ」

『了解』


 部隊長はホテルまでの距離を鑑み、隊員に武装の最終チェックを実行させる。勿論自身も過信することなく、いつもの任務のように一連のチェックを行いながら一歩、また一歩とホテルまでの距離を詰めていった。


「ぐわぁああああああああ!?」


 しかし、ホテルまでの距離が三キロを切ったところでそれは起こった。隊員の一人の悲鳴が聞こえたのだ。


「スリーマンセルを組んで死角を無くせ!!」 


 部隊長は足を止めて隊員に指示を出す。


 悲鳴を上げた隊員の安否も気になるが、それよりもこれ以上戦力を減らさないことを優先し、まずは今無事の隊員たちでグループを組ませて、全方位からの攻撃を警戒させた。


「誰がやられた!?」

「トゥエルブです」

「状況は?」

「命に別状はありませんが、足を欠損しております。すぐにそばに落下しています」

「分かった。すぐに上級ポーションを使用し、復帰させろ」

「はっ」


 視界を確保した後、隊員に声をかけ、安否の確認を行い、すぐに復帰できそうだと判断し、回復薬の使用許可をだしてすぐに回復させることにした。


「ぐわぁああああああああ!?」


 しかし、全方位を確認していたはずなのに再び何者かの攻撃が襲ってきて、隊員の一人がなすすべなく、その場に倒れた。


「足元だ!!足元気を付けろ!!」


 三百六十度を警戒していた隊員たちであったが、隊員が悲鳴を上げた際に足元から黒い影が襲い掛かっていたのを目にして、他の隊員が注意を呼びかけた。


 全員が足元に注意を向ける。


「ぐわぁあああああああああ!?」


 しかし、隊員の悲鳴が再び上がった。


「今度は建物の壁だ!!おそらくあれは影だ!!皆気を付けろ!!」


 再び襲われる瞬間を見ていた隊員の警告に、他のメンバーは倒れた隊員を助けることもせずに全員が身構える。


 助けようとすれば次は自分が狙われると考えているのだ。


「全員手加減はなしだ。次に襲い掛かってきたら本気でやれ!!」

『了解!!』


 出し惜しみしている場合ではないと考えた隊長は全力戦闘の許可を出す。ただその判断はあまりに間違っていた。


 彼はこの段階で撤退すべきだったのだ。


『ぐわぁあああああああああああ!?』


 先程まで一人ずつしか襲われていなかったため、敵を一体または一人だと思い込んでいたが、今度は複数人が音もなく影に貫かれ、その場に崩れ落ちた。


「くそっ。一体どうやって俺達の位置を特定して攻撃しているんだ!?」


 部隊長は今の理解不能すぎる状況に流石に混乱してきて叫ぶ。


 すると、彼らの前に何匹か黒い影が姿を現した。その姿は漆黒の獣という言葉が完璧に当てはまるような姿をしている。


「シャドウビースト……?」


 姿を見た隊員の一人が、黒い影を見るなり呟いた。


「ちっ。なんで姿を現したのか分からないが好都合だ!!全員でかかれ!!」

『はっ』


 先程まで姿を現さなかったのに突然姿を現した影の獣に、隊長はこれ幸いとばかりに総攻撃を仕掛けた。


『マジックアロー!!』


―ドォオオオオオオオオオンッ


 複数人の隊員が弓を持ち、魔力で形成した矢を打ち出した。彼らの攻撃は難なく、影の獣たちに着弾する。


 大きな音を立ててしまうが知ったことではないと言わんばかりだ。


 煙が立ち込めて見通しが悪くなった。


『アイスロック!!』


 その煙が晴れる前に次の攻撃を追加する。


―ドォオオオオオオオオオンッ


 氷のつぶてが煙の中心に向かって飛んでいき、さらに着弾した。


『ロックフォール!!』


 その上にさらに巨大な岩が複数上から落下してくる。


―ドォオオオオオオオオオンッ


「やったか?」


 流石に攻撃の三重奏を受けて無事ではすむまい。


『ぐわぁああああああああああ!?』


 そう思って部隊長が呟いた言葉だったが、無情にも隊員の悲鳴によって敵の無事が確認されてしまった。


『ぐわぁああああああああああ!?』

『ぐわぁああああああああああ!?』

『ぐわぁああああああああああ!?』


 至る所から次々と隊員たちの悲鳴が響き渡り、辺りには静けさが漂った。


「おい!!誰か無事か!?返事をしろ!!」


 隊長が辺りに呼びかけるが、誰一人として返事をするものは居なかった。


「~~!?」


 突如として気配を感じて振り返る部隊長。


 たった一メートルほど先に一匹の影の獣がいた。


「うわぁああああああああ!?」


 恐怖を振り払うように隊長は握っていた剣を振り上げてその陰に向かって振り下ろした。


―ドォオオオオオオオオオンッ


「はぁ……はぁ……」


 手ごたえはあった。


「~~!?」


 しかし、煙が晴れたその先にいたのは全く変わらぬ姿で佇む影の獣だった。


「ば、化け物……」


 その言葉を最後に部隊長は意識を失うのであった。

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