第260話 聖女の牢獄(第三者視点)

「降りろ」

「分かったですよ」


 白い神官服に身を包んだ女の子が覆面をした男に促され、席を立ち、前と後ろを覆面をした男達に挟まれるようにして室内から移動する。


 重厚な扉の外に出た瞬間、視野が開けた。


 そこは寂れた飛行場。荒野にポツンと経っている建物と滑走路が広がっていて、空の青との対比が美しい。


「おい」

「はいはいですよ」


 その光景を少し眺めていた少女は、背中をせっつかれて飛行機に掛けられた階段を下りて地上に降り立った。


 彼女の名はノエル。聖女と呼ばれる世界屈指の回復術師ヒーラーである。


 そこには一代の軍用車らしき車と軍服をきた男達がノエルを待ち構えていた。


「ようこそ我が国へ。聖女ノエル」

「ん~、もっと平和的な招待なら素直に喜べたんですよ」

「ははははっ。これは手厳しい。これでも十分平和的なんですがね。誰も殺していない……という時点で」

「はぁ……国が危ないからとは言え、もう少し手段を選んで欲しいですよ~」


 出迎えた男は勲章を胸に付け、他の兵士たちと比べ服も豪華でここにいる男たちの中で一番位が高い人物である事が窺える。


 ノエルが見る限り、どうやら中東の何処かの国のようだ。


 飛行場も至る所に破壊された跡が残っていて、スタンピードによって多大な被害を受けたと推測された。


 世界中で起こったスタンピードは国によっては国家的危機に陥る程のダメージを受けた国がいくつもある。ここもその内の一つであるらしい。


「それで、わが国でやることは聞いているかね?」

「おおよそは」

「それは僥倖。大人しくついてきてくれますかな?」

「分かったですよ」


 指揮官はノエルの返事に満足げに頷いて、ノエルは彼の指示に従う。


 飛行機内の覆面たちだけであれば、隙を見て逃げ出すことも出来なくはなかったが、ここにいる数人の軍人は覆面よりも魔力量が多く、少なくともAランク程度の力があることが分かる。流石にこれだけの人数を前にノエルに逃げ出す力はない。


 だからノエルは大人しく従うことにした。


「出せ」

「はっ」


 ノエルは手枷をされたまま車に乗り込み、その周りを囲むように兵士座り、指揮官が助手席で指示を出して、飛行場を後にした。


「これは酷いですよ」


 ノエルは暫くして見えてきた街並みを見て呟く。


 辺りは焼け落ちた住宅や建物が目につき、街の至る所に瓦礫が積み上がっていてそこにあったであろう街並みが見る影もない。もうスタンピードが終息してひと月ほど経つはずだが、復興活動が進んでいる様子もない。


 町の住民もそこらじゅうでへたり込んでいて、ノエルを出迎えた軍人たちの服装とは対照的にボロボロの服を着ている。食事も碌に取っていないのか、見える住人の多くはガリガリにやせ細った人間ばかりで、その中には幼い子供もいた。


「そうでしょう。我が国は今ひっ迫した状況にあります。あなたを問答無用で連れてくる程に」

「それ以外の方法でどうにかならないのです?」

「方々手を尽くしましたが、無い袖は振れませんし、これ以上はどうしようもないのです。私たちは万全の状態でいなければならないため、優先して食事などを回されていますが、それもいつまで続けられるかわからない。あなたには申し訳ありませんが、手段を選んでいる余裕はありません」

「そうですか」


 ノエルの呟きに指揮官が答え、ノエルはこの国の状況を知り、同情してしまった。強制的に連れてこられたというのに、ノエルはどこまでお人好しだった。


「ここは?」

「今日からここがあなたの仕事場です」


 ノエルが連れてこられたのは、町はずれの強固な柵に覆われただだっ広い平地の隅ある小さな小屋。小屋と言っても小さいと言うだけで、その造りは強固な素材で作られているのは明白だった。


 中に入るとベッドがあるだけの一室。奥にトイレと風呂がある。


「あなたにはここで食料を作ってもらいます。勿論生活に不自由させるつもりはありません。食事は三食出します。ただ、毎日魔力が続く限り、朝から晩まで作り続けてもらいます。外に出る際は常に監視がつきますので、くれぐれも逃げようなどとは考えないでください」

「選択肢はないからそれでいいですよ。逃げる気もないです。あっ。パソコンとかネットとかは手に入れられないですか?」


 指揮官はノエルにこれからの予定を述べると、すでに逃げる気がないノエルは、より生活を向上させるための交渉を始める。


 ノエルとしては出来ればネット小説やアニメが見たかったので、出来ればネット環境とパソコンが欲しかった。


「通信手段を渡すことはできません」

「じゃあ発電設備とテレビ、DVDプレイヤー、日本のアニメなら?」

「それはあなたの成果に応じて用意しましょう」


 しかし、流石に誰かに連絡できるような代物はもらうことはできなかった。ただ、成果によっていろいろなものを用意してくれることは確約された。


「やったですよぉ!!」

「はぁ……暢気な人ですね……。一生飼い殺しにされる未来しかないのに……」


 喜ぶノエルだが、軍人達はノエルの能天気さに呆れる。


 これからの人生ずっとここで食料を作り続けるマシーンとして飼い殺しにされるであろうという、指揮官の最後の言葉はノエルに届くことはなかった。

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